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研究者は生きたいように生きる―理学部・濡木理教授に聞く(3)

2020.06.17

研究室探訪

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東京大学・濡木理教授

【研究者に聞く】第3回 「大学の価値は研究にあり!」

研究生活は遊びの延長のようなもので、自由で楽しいと語る濡木教授。最終回はご自身の幼少時代や大学時代もふりかえっていただきながら、研究者としての活動状況や研究者になるために必要なことにいたるまで幅広いお話をうかがいました。

PROFILE

濡木 理(ぬれき おさむ)
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授

東京都生まれ。1984年3月、私立武蔵高校卒業。東京大学理学部生物化学科卒業後、1993年同大学院理学系研究科博士課程修了。同研究科で助手、助教授を務めた後、東京工業大学教授、東京大学医科学研究所教授を経て2010年より現職。X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡を用いてタンパク質や核酸の立体構造研究を行い、数々の成果を『Nature』や『Science』などのトップジャーナルに発表。並行してゲノム編集のプロジェクトも始め、2014年にCRISPR-Cas9の立体構造を世界で初めて解明した。研究成果の医療応用にも積極的に取り組み、ゲノム編集のモダリス、クライオ電顕による構造解析のキュライオといった創薬ベンチャーを立ち上げている。2018年紫綬褒章受章。

ブラック・ジャックに憧れ、野口英世に刺激を受けた

――東大の教授とは、どんな働き方をしているのか?

総じて自由にやってますよ。勤務時間が決まっているわけではないので、来客や打ち合わせの予定に応じてここに来る時間も決めています。1日のスケジュールでいうと、朝は早い時でも9時半くらい。帰りは、どんなに遅くとも夜9時にはここを出ます。

午前中は共同研究者と打ち合わせをしたり、打ち合わせがなければメールの返事を書いたりしています。その後は実験室に行って研究の進捗の確認をします。研究室には学生が43人いますから、それぞれの状況を聞くだけでも2時間くらいはかかるんです。でもここに来た日は必ず実験室に行きますよ。

週に1度は講演に出かけます。研究者の集まりはもちろんですが、経営者の集まりやベンチャー企業の集まり、あるいは芸能人がいるようなイベントにも招かれますし、市民講座などにも声がかかれば行きます。最近は、ゲノム編集に関するテーマで話すことが多いかな。あとはクライオ電子顕微鏡を使って、膜タンパク質の研究内容を紹介することも多いですね。

海外にもよく出かけますね。一昨年は海外に14回行って、24カ国を訪れました。昨年も10回くらいは出かけてます。目的は主に各種会合やイベントへの出席とか、学会での発表です。アメリカに行った時は『Nature』や『Science』などの学術誌のエディターに会って情報交換もします。それで論文が掲載されやすくなることはありませんが、欧米の研究者と同等に見てもらえるようになりますからね。継続的に会って研究の概要を伝えておくことも大事なんです。エディターも人間ですから。

東京大学・濡木理教授

研究で行き詰まったりした時は、水槽のエサやりをしたり眺めていることが多いですかね。見ているだけで癒やされますよ。ペットショップでエビを買ってきて、入れてやったりしているので、次第にグッピーが増えてきているんです。

東京大学・濡木理教授

あとは、ちょっとギターを弾いてみたりとか(笑)。

ギターは学生時代から始めました。家にもギターはあるんですが、最近またやりたいなあと友人に話していたら、ここまで持ってきてくれましてね。周囲に音が漏れないように小さな音で練習して、学生たちのコンパや結婚式などで弾き語りを披露してます、はい。

東京大学・濡木理教授

――子どもの頃はどんな大人になりたかった?

小学生の頃は怖いもの見たさで、手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』をドキドキしながら読んでましたね。医師免許も持っていないのに、難しい手術を成功させる姿がかっこいいなと。自分もあんなふうに何かで卓越したプロフェッショナルになりたいと憧れました。

野口英世の生涯にも刺激を受けましたね。自分の命を落としてまで研究に打ち込むそのエネルギーは、いったいどこから来るのかと。それは今でも不思議ですけどね。

そんなふうに生命というものの不思議さやそのメカニズムに興味をもってました。そこから人の命を脅かす病気やその医療にも強い関心を持つようにもなりましたね。

――学生時代はどんな学生だったのか?

私ですか? 1、2年生の頃は遊びまくってましたよ。「生物学研究会」に入って、東大の女子部員以外にも日本女子大やお茶の水女子大の学生を誘って合ハイ(合同ハイキング)をして、山中で食べられる野草をとってきて天ぷらにして食べたりとかね。全国いろんなところに行って昆虫を捕まえたり、植物を探したりしてました。

3000メートル級の山に登って、雪の上に寝っ転がって「雲が近いな~」と空を見上げたりと、いろんな要素を併せ持つ会でね。よくドイツ語の授業をボイコットして遊びに行ってましたよ。そのせいか今でも時々、ドイツ語の単位を落としたから教授を辞めさせられるなんていう夢にうなされるんですけどね。

何かに夢中になれる人は研究者に向いている

――これからの夢、目標とは?

第1回でお伝えしたとおり、膜タンパク質とRNAの研究を通じて、生命のメカニズムを原子・分子レベルで解明し、それを物理学と化学の言葉で表現することが、研究者としての夢であり目標です。

同時に教授という立場での目標は、優秀な研究者を育てること。最近は東大の学生も、研究者の道を選ぶ人が少なくなっていて残念です。自由にやりたいことをやって生きていこうという人が減っているんですね。その意味で、学生の質が落ちていると感じます。

やはり中学、高校時代の過ごし方が大事なんですよ。受験勉強にだけ閉じこもるのではなく、生涯をかけて学びたいとか明らかにしたい分野に触れるといった、視野を広げる時間を持つことが必要だと思います。

――どんな人が研究者に向いているのか?

たとえば小学生の頃から、昆虫採集に夢中になったり、カブトムシを卵から成虫に育てたり、動物や魚が好きで飼ったりする子はすでに研究者ですよ。そういう面でいうと、一つのことにこだわる人とか、何かに夢中になれる人は研究者に向いていると思います。

ただ研究を生涯の仕事にするということで言えば、「生きたいように生きる人」ですね。研究者として成功するのはそういう人なんです。

人って案外、自分が生きたいように生きていけるものなんですよ。研究者の道というのはまさにそれです。ところが、そうは思えない人が多いんですよね。これには受験勉強の影響もあるのではないでしょうか。10代を受験勉強だけに打ち込んでしまうと、我慢して努力するからこそ何かを得られる、という思い込みができてしまうような気がします。

意外に思うかもしれませんが、試験の点数って、研究者の資質とはまったく関係ないんですよ。むしろ試験の点数が高すぎる人は向いていないですね。実際に「進学選択(進振り)」で90点以上のトップクラスの学生がうちの研究室に来ても、大した成果を上げられない人が多い。75~80点くらいで、他に何か好きなことをやっているような人の方が向いていますね。

私がよく言っているのは、受験が終わったらリハビリ期間が必要だということです。“リハビリ”とは、遊ぶことですよ。無邪気に遊んで、子どもの頃の感性を取り戻すことです。

1、2年生が通う駒場キャンパスでは、学生がダンスをしたり、野球やサッカーなど部活に興じたりして、みんなよく遊んでいるでしょう? 学内では「駒場幼稚園」なんて呼ばれていますけど、いいことなんですよ。

興味があること、楽しいことに没頭する時間を過ごさないと、主体的に自分の人生を選ぼうという思考に切り替わらないんです。ですから大学に入学したら、一定期間は講義そっちのけで遊びに行けばいいんです。そのうち自由な発想や遊び心が戻ってきますから。東大に入ったら1、2年はしっかり遊べと、個人的には言いたいです。

東京大学・濡木理教授

東大に来れば、きっと世界を変えるような面白い研究に携わることができる

――研究者を育てるためにどんなことをしているのか?

そもそも研究者の道がいかに自由で楽しいかということが、あまり学生たちの間に浸透していないんですよ。ですから研究者のやりがいとか自由さを、講義や学内のイベント、講演などさまざまな機会を通じて学生たちにアピールしています。

3年生の後期実習の打ち上げをこの部屋でしているのも、研究がいかに楽しくてやりがいのある仕事かということを知ってもらいたいからです。

教養課程の学生にもアプローチしていますよ。私は駒場でも授業をしていますが、研究に興味を持っている学生は一定数いますから、そういう学生にはこちらから積極的に働きかけています。

研究室の学生を海外の研修プログラムに参加してもらうといった試みも行っています。私の友人で、スタンフォード大学の教授が、毎年10日間、イタリアのシシリー島でサマーキャンプを開催していまして、そこにうちの研究室の学生14人を参加させたこともあります。そこでは優秀な海外の学生が参加していて、毎日、スタンフォード大学やカルテック、MITやハーバード大学の教授などの世界屈指の研究者が入れ替わりで講義するんです。

地中海に囲まれた素晴らしいロケーションの中で、10日間、優秀な研究者や学生たちと交流することで、今、世界で行われている研究がどれほどエキサイティングなものなのか、海外の学生がいかに自分の生きたいように生きているかということを、肌で感じられるんですよ。

かたくなに「就職します」と言っていた学生も、そのサマーキャンプから帰ってくると、研究者になりたいと言いますからね。これは一種の洗脳です(笑)。五神・東大総長はそのことをよく理解していて、学生を海外の研修プログラムにどんどん参加できるような支援プログラムを多数、用意しています。だから今がチャンスなんです。

――世界の中で東大の研究はどのような位置づけなのか?

世界の大学ランキングで東大の順位が落ちているから、東大は世界に遅れをとっているなどと言う人もいるようですが、理系の研究分野に関しては確実に十本の指に入っています。国際的な会合に出席しても、そういう温度感があります。研究内容もスタンフォード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)に決して引けを取りません。

よく日本の研究者は貧乏だと言われますけど、実際はそんなことはありません。確かに大学や研究機関の給料は世界の主要国に比べて日本は安いです。アメリカの3分の1、スイスの6分の1、ドイツの2分の1と言われてますから。しかし最近ではベンチャー企業を立ち上げて、数百億円の資産を手にする東大の研究者も登場していますから、その意味でも夢のある職業なんです。

これからはサイエンスがテクノロジーとともに発展していく時代ですから、最高の研究設備が整った東大に来れば、きっと世界を変えるような面白い研究に携わることができますよ。ですから安心して東大に来てもらいたいですね。

そしてもし生命のメカニズムを根本から解明したいという意欲のある人がいれば、ぜひ私たちの研究仲間に加わってもらいたいと思います。

東京大学・濡木理教授

 

取材/2020年2月
インタビュー・構成/大島七々三
※ページ内容は作成時のものです。