• TOP >
  • 研究室探訪 >
  • VRで私たちの生活は変わりますか?―情報理工学系研究科・雨宮智浩准教授(1)

VRで私たちの生活は変わりますか?―情報理工学系研究科・雨宮智浩准教授(1)

2021.04.23

研究室探訪

#研究 #研究 #情報理工学系研究科 #情報理工学系研究科 #東大の先生 #東大の先生 #VR #VR

研究室探訪_雨宮智浩准教授

【研究者に聞く】第1回 VRを究めるとは、人間を理解すること。

VR(バーチャル・リアリティ)という言葉、最近よく耳にしませんか?VRゴーグルを活用したゲーム、「ポケモンGO」などの位置情報ゲームアプリ、新型コロナウイルス禍の最近は、バーチャル空間上でパーティーが開催されるなど、エンターテインメント分野で急速に普及が進んでいますよね。実はこの技術、教育やサービスなど、ゲーム以外の様々な分野にも活用範囲が広がっているんです。東大にはVR技術を社会で役立てるための研究拠点「東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター」があります。今回は、当センターの准教授、雨宮智浩先生にお話を伺いました。これからVRがどのように私たちの生活に入り込んでくるのか、東大の最新の研究を通して、一緒に未来を覗いてみましょう!

PROFILE

雨宮 智浩(あめみや ともひろ)
東京大学大学院情報理工学系研究科・連携研究機構バーチャルリアリティ教育研究センター 准教授

山梨県生まれ。2002年東京大学工学部機械情報工学科卒、2004年東京大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻修士課程修了。日本電信電話株式会社コミュニケーション科学基礎研究所を経て、2019年より現職。この間、英国University College London認知神経科学研究所客員研究員兼務。博士(情報科学)(大阪大学)。人間の知覚特性や錯覚を応用した情報提示研究に従事。

VRの研究者なのに、研究テーマは錯覚?

――今日はよろしくお願いします。雨宮先生はVRの研究をしていらっしゃるとのことですが、具体的にどういった研究に取り組まれているのですか?

ざっくり言うと、人間の錯覚の研究ですね。人間の感覚や知覚のメカニズムを理解するというのが研究のテーマです。人間の感覚がどう形成されるのかとか、刺激がどのように脳に伝達されるのかとか、人間の研究全般が関わっています。

――「VRの研究」と聞いてイメージするテーマとは少し距離がある気がします。

そうかもしれませんね。でも、VRは人々の錯覚を工学的に利用したツールです。たとえばHMD(Head-mounted Display, いわゆる「VRゴーグル」)を覗いたことのある人は、目の前に人や物、動物が迫ってくる感覚がわかると思いますが、物理的な世界で実際にそれが起こっているわけではないですよね。あたかも目の前に対象物があるように私たちが思い込んでいるだけです。こうした思い込みが錯覚です。これを上手に活用して人々の生活に役立てようというのが私たちの研究の目標です。

研究室探訪_雨宮准教授
お話を伺った雨宮智浩先生

――錯覚と言うとだまし絵くらいしか思い浮かばないのですが・・・。

だまし絵は視覚的な錯覚を利用したツールですね。ですが、私たちの研究の世界ではより広く、物理的な世界と私たちの感覚の世界がずれることを錯覚と呼んでいます。ですから、視覚に限らず様々な知覚に関する錯覚があるんですよ。

――具体的に、生活の中で錯覚はどのように根付いているのですか?

一番身近なのはテレビですね。テレビは「1秒間で30枚の静止画を見せると動画のように見える」という視覚的な錯覚の原理を応用しているものです。聴覚の錯覚で言うと、携帯電話で通話するときの音声ですね。今は技術が進歩しているので他の方法で伝達している場合もあるみたいですが、ほんの少し前までは、基準となる声が2000人分くらいあって、その中で似た声をベースに人工的に合成していたんです。つまり、電話であなたが聞いていた音声は相手の声ではなくて、「相手の声に似た声」だったんです。

――まったく気づきませんでした。

「気づかない」というのはまさに錯覚ですよね。聴覚に関しては、音楽の情報量を圧縮するために高い周波数帯の音を削除したりすることがありますが、これも高い周波数帯の音は人間がほぼ気づかないという錯覚を利用したツールだと言えます。

――錯覚って実は、私たちの身近なところで活用されているんですね。

バーチャル世界を人間の生活に役立てる

――「気づかない」という錯覚を活用した技術を挙げてくださいましたが、VR技術は錯覚をより積極的に活用しているイメージです。

そうかもしれません。最近ですと、「バーチャルSNS」とか「ソーシャルVR」とか呼ばれる技術が普及しつつあります。この技術を使えば、ただ画面上で向き合って会うだけではなくて、アバターでCG空間に入っていって、同じ空間を共有しているような感覚で人とコミュニケーションが取れます。複数人が同時に発言したら声が被るとか、遠くへ行けば声も遠ざかるとか、より物理的な空間に近い処理がされているのが特徴ですね。

――今、CG空間の話が出てきましたが、CGとVRの違いって何でしょうか?たとえば、CG技術を駆使した映画を観てその場にいるような感覚になることってあると思うんですが。

実は、その感覚とVRは地続きのものです。VRと似た言葉に「MR(Mixed Reality、複合現実)」という言葉があるのですが、これは、現実世界とバーチャル世界を結合する技術を総称するものです。VRはその中で、コンピュータ上に作られたバーチャル世界に人間が没入できるようにする技術のことを指すとされています。私は映画のマトリックスに影響を受けた世代なんですが、あれはCG技術が駆使されていて、さらに世界観もVRにつながる映画でしたよね。こうした世界観を生む上でCGは重要な役割を果たしていて、VRが目指す没入感とつながっていると思います。ですから、CGはVRを作るための1つの技術と言えるかもしれません。

研究室探訪_雨宮准教授_AR技術の新たな展開
現実世界とバーチャル世界を結合する Mixed Reality (MR)技術。VRはMRの一種。
(『トコトンやさしいVRの本』p.23 図2を元にキミの東大作成)

MRの中にはその他にAR(Augmented Reality、拡張現実)といって、現実世界の中にほんの少しだけコンピュータ上の世界が入り込んでいくような技術もあります。ポケモンGOが代表例ですよね。現実世界の位置情報と連動して、スマートフォン上にモンスターが飛び出してくるわけですから。逆にバーチャル世界に現実世界の情報を足していこうという方向で発展しているAV(Augmented Virtuality、拡張VR)という技術もあります。

――MRによって、バーチャルと現実が地続きになりつつあるんですね。そうすると、今後バーチャルの世界だけで生きるといったような生活様式も出てくるんでしょうか?

すでに1日のほとんどをゲームの世界で過ごしている人々はいるでしょうし、今後確実に増えると思います。ただ、バーチャル世界だけで生きることが技術的に可能になったとして、それが人々の身体やメンタルにどのように影響を及ぼすのか、そういった人が増えたときに社会にどういった問題が起こるのかといったことを心配する人も多いと思います。今後はこういった課題も同時に考えていかなければならないと思っています。

――バーチャル世界をうまく現実世界に結合させるには、まだ課題も多いわけですね。

でも、バーチャル世界が現実世界に好影響を与えている事例もすでにたくさんあります。先ほど例に挙がったポケモンGOは、バーチャル世界に潜んでいるモンスターに出合うためにプレーヤーが現実世界で歩き回る、つまり運動することになっているわけで、すごく健康的ですよね。
それから、先日オープンキャンパスで公開されたバーチャル東大なんかもそうですが、バーチャル世界である場所を訪問する体験が、次は現実世界で同じ場所に行ってみたいというモチベーションにつながるといった効果も報告されています。今、新型コロナウイルスの影響で家族や友人とオンラインで会っている人も多いと思いますが、そうすると次に現実世界で会える機会が一層楽しみになりますよね。このように、バーチャル世界で閉じるのではなくて、現実世界とうまく接合するようにこの技術を使っていければ、人々の生活がこれまでよりも豊かになるんじゃないかと思っています。

研究室探訪_雨宮准教授_バーチャル東大
「バーチャル東大」の赤門の前で写真撮影。

VRの研究に出合うまで

――ここまでお話を伺って、やはりVRは最新の技術という感じがするんですが、雨宮先生はどのような経緯でこの技術を研究することになったんですか?

実は、最初からVRにすごく興味があったわけではなかったんです。東大の理科一類に入学して、最初は理学部数学科に進学するつもりだったんですが、前期教養で受講した行動認識論の授業が面白くて、漠然と人間を研究することの面白さを感じました。私が学部生のときにヒューマノイド(ヒト型ロボット)が流行っていたのもあって、「ロボットを作って人間を知る」というスタンスの工学部機械情報学科に進学しました。

――そこでは、実際にヒューマノイドを作る研究には進まなかったんですか。

へそ曲がりなのかもしれませんけど、進学してみたら別の分野が面白そうだなと目移りしてしまって(笑)。色々と迷っているときに、バーチャルリアリティ教育研究センター初代所長でもある廣瀬通孝先生のゼミにたまたま参加しました。VRに関するゼミだと思って参加したのに、なぜかテーマが「タイムマシンを作ろう」だったんです。

――VRとタイムマシン・・・?

このゼミでは、昔銀座で撮影された白黒写真の撮影場所を探し当てるところから始めて、その場所の現在の様子から白黒写真の撮影当時の様子に徐々に切り替わるような映像を制作しました。これのどこが「タイムマシン」なの?と思いますよね。そこで廣瀬先生に教わったのが、「現実世界に少しだけ過去の情報を足してあげれば、主観的には過去にタイムスリップしたみたいな感覚になる」ということだったんです。 VRは空間を扱うことが多いので、時間の感覚を主題にするのは珍しいんですが、この経験を通して、CGみたいな視覚だけでなく、広く錯覚を利用した技術がVRなんだなと理解しました。

――そこで錯覚とVRがつながったわけですね。そこからVRを究めようと思ったのはどうしてだったんですか?

当時私が通学していたのが、廣瀬研究室のあった駒場IIキャンパスの東大の先端科学技術研究センター(通称「先端研」)というところだったのですが、そこで先端研の福島智先生に出会ったことが大きかったですね。福島先生は全盲ろう、つまり視力と聴力が完全に失われた状態の方なのですが、一緒に研究をさせていただく中で、先生のすごさに感銘を受けることが多くて。脳の可塑性とか、人間の可能性の大きさを感じて、その可能性をコンピュータ技術がどのようにサポートできるのかと考えるようになりました。それがVR技術を深めようと思ったきっかけですね。

――先生にとっては、人間を理解することとVRを究めることは根っこでつながっているんですね。

そうですね。最初に人間をもっと理解したいという知的好奇心があって、その切り口としてVRがあって、研究の世界に入ったという感じでしたね。当時はVRを扱う研究室も今よりずっと少なかったので、偶然出合うことができてラッキーだったと思っています。

参考書籍

『トコトンやさしいVRの本』

トコトンやさしいVRの本

廣瀬通孝 監修
東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター 編

2019年

日刊工業新聞社

東大VR教育研究センター開所1周年を記念して、センターのメンバーがバーチャル・リアリティの基礎的な技術についてトコトンやさしく解説した本です。

第2回に続く)

取材/2020年12月
インタビュー・構成/「キミの東大」企画・編集チーム