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「膜」と「RNA」の2つによって間違いのない生命現象を解明する―理学部・濡木理教授に聞く(1)

2020.05.22

研究室探訪

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東京大学・濡木理教授

【研究者に聞く】第1回 「大学の価値は研究にあり!」

生体内で重要な機能を担うタンパク質のX線結晶構造生物学に長年に渡って取り組み、数々の輝かしい業績を残してきた生物科学専攻の濡木理教授。特に「膜タンパク質」や、先端ゲノム編集技術のCRISPR-Cas(クリスパー・キャス)に関する業績は、今後、創薬や疾患医療に繋がる可能性を秘めており、国内外の生命科学研究領域に大きなインパクトをもたらしています。そうした業績が認められ、2018年には紫綬褒章を受章。将来はノーベル賞の呼び声も高い濡木教授に、ご自身の研究内容とともに研究者としての生き方、大学における研究の位置づけなどについて大いに語っていただきました。

PROFILE

濡木 理(ぬれき おさむ)
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授

東京都生まれ。1984年3月、私立武蔵高校卒業。東京大学理学部生物化学科卒業後、1993年同大学院理学系研究科博士課程修了。同研究科で助手、助教授を務めた後、東京工業大学教授、東京大学医科学研究所教授を経て2010年より現職。X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡を用いてタンパク質や核酸の立体構造研究を行い、数々の成果を『Nature』や『Science』などのトップジャーナルに発表。並行してゲノム編集のプロジェクトも始め、2014年にCRISPR-Cas9の立体構造を世界で初めて解明した。研究成果の医療応用にも積極的に取り組み、ゲノム編集のモダリス、クライオ電顕による構造解析のキュライオといった創薬ベンチャーを立ち上げている。2018年紫綬褒章受章。

誰もが納得する形で、なんの間違いもない生命現象のメカニズムを解明したい

――研究とは何か?大学の価値とは何か?

高校生の多くは、大学というのは最高学府であって、レベルの高い学問の講義を受けることが大学の価値だと思っているんじゃないでしょうか。たしかに大学では、質の高い講義や魅力的な講義が行われています。でも、はっきり言って、それが大学の価値ではないんですよね。

では大学の価値とは何か――それは研究です。どんな研究をしていて、どんな成果を上げているのか。どんな論文を発表してきたかというのが本当の価値なんです。講義は研究への入り口に過ぎないということを知ってもらいたいです。

ということは、大学に入学したら何が一番大切かというと、どこの研究室を選ぶかなんですよ。東大ならどこの研究室も素晴らしいかというと、残念ながらそうではありません。研究室によっては、他大学のほうがいいなんてことはいっぱいあります(笑)。ですから高校生のみなさんには、受験勉強に入る前に、自分がどんな研究をしたいか、そのためにどの研究室に入りたいか、ということも大学選びの基準にしてもらいたいと声を大にして言いたいのです。

――濡木研究室はどのような研究をしているのか?

専門は「構造生物学」ですが、現在、私の研究室ではいろんな研究が進んでいます。それらをまとめて言うと「原子分解能によって、Physics(物理学)とChemistry(化学)の言葉で生命現象を表現したい」というのが根本的なアプローチです。

あらゆる生命現象というのはタンパク質や核酸(RNA)といったものが構造変化をして、引き起こされています。そこで私たちはそうしたタンパク質あるいはRNA同士の相互作用を原子レベルで明らかにすることによって、誰もが納得する形で、なんの間違いもない生命現象のメカニズムを解明しようとしているんです。

生命現象についての研究は近年、進んできましたが、今もまだ人類にとっては未知の領域です。私たちはその領域に挑み、少しずつ着実にその現象を解き進めています。

具体的にどんなことをしているのかというと、まず、ある条件下におけるタンパク質やRNAといった生体高分子の立体構造を解析します。そしてその構造から得られる知見を実証するための機能解析等まで行なっています。

構造解析を行っている研究者の多くは構造を決定するところで終わるのですが、私たちはあくまで生物学に興味がありますので、構造解析はむしろスタート地点。そこから機能解析までを行うことをモットーにしています。その理由は、構造と機能とが完全につながったところで初めてメカニズムが明らかになるからです。そういう事をやっているところはあまりないと思います。

生命と生命じゃないものを区別するものは「膜」

――これまでどんな研究を行ってきたのか?

もともと私が最初に入った研究室が、「トランスファーRNA(tRNA)」の研究をしているところだったので、教授になるまでの約12年間は、その研究に費やしました。トランスファーとは「運搬」という意味で、アミノ酸を輸送する働きをしているRNAのことです。tRNAというのは、RNAの中でもタンパク質にはならないで、生涯RNAとして働きます。その研究をしていました。

その後、教授として東京工業大学に移ったときに始めたのが、「膜タンパク質」の研究です。さまざまな研究を重ねる中で、一定の成果を上げたのが「マグネシウムチャネル」でした。その研究論文は、「Nature」ほかさまざまな学術誌に掲載されました。
2008 NPG Nature Asia-Pacific NATURE DIGEST 日本語編集版

この研究をきっかけに、膜を介して移動する輸送体の構造系の研究に入りました。イオン、糖、アミノ酸、果てはタンパク質を通すものまで、それぞれの膜タンパク質の変容について、構造を解析していくうちに、面白いメカニズムがわかってきましてね。そこから光を当てるとタンパク質が活性化する――チャネルが開く現象についての研究を始めました。

その結果、「チャネルロドプシン」というタンパク質の構造と機能を解明することに私たちの研究室が世界で初めて成功したんです。この「チャネルロドプシン」は現在、動物の脳機能マッピングなどに利用されるなど、神経科学の分野でもっとも使われるツールになっています。

その次に挑んだのは、物理刺激によって起こる構造変化についての研究です。生体内で音や光、振動、触覚、温度、電気によって構造変化が起きて膜のチャネルが開くという現象が起きるんですけど、なぜ触らなくてもチャネルが開くのかということに興味をもちまして、そういった物理センサーの研究を大掛かりにやってきました。

その一方では、世界で研究が進むゲノム編集技術の分野で、DNAの狙った場所を切断してゲノム情報を書き換える「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」の立体構造を世界に先駆けて明らかにする、といった成果も上げてきました。

私たちの研究室の概要や詳細については研究室のサイトを参照してください。

東京大学・濡木理教授

――その研究は、生命現象のメカニズムを解明するのにどうつながるのか?

振り返れば、私はこれまで「膜」と「RNA」の2つを中心に研究してきましたが、それが生命現象を解く上での鍵だということに、今改めて気づいているところなんです。

そもそも生命と生命じゃないものを区別するものは何かというと、「膜」なんですよ。「膜」が存在することによってその中に空間がつくられ、そこに生命という独自の世界がつくられるわけです。ですから生命には「膜」が絶対に必要なんですよ。

その「膜」によって外界から遮断された内側の空間に生命が生まれると、それを維持するために外界と連絡する輸送体とか、外界の刺激を中に伝える受容体などが必ず必要になります。その働きをしているのが「膜タンパク質」なんですが、原始生命体にはおそらくタンパク質はなかったんですね。

そこでタンパク質の代わりをRNAが行うことによって、生命を維持していたと考えられるんです。ということは、RNAには原始生物のなごりがあるということです。そうしたことを合わせて考えると、生命のもとは「膜」と「RNA」だろうというのが私の考えなんですね。

そこで原始生命体における膜とRNAの研究を行うことで、もっともシンプルな生命現象の大もとのメカニズムを解明しようとしているんです。

その一方で、ヒトの脳における神経伝達のメカニズムを解明する研究も並行して進めています。

あらゆる生物の中でもっとも高等進化したものがヒトですよね。そして、そのヒトの中でももっとも高度に発達したのが脳です。その脳が、味覚、嗅覚、触覚、聴覚で受容した刺激をどのようにして神経伝達しているのかという研究をしています。原始生命体の研究とは両極端なことをしているんです。

――ヒトの脳にまで研究分野を広げている理由は?

この研究を積み重ねていくことで、最終的には思考というものがどういうメカニズムで行われているのかを、膜とRNAの構造と機能の解析によって、明らかにしたいと思っているんですよ。

ただ、ヒトの思考なんてものは、生物学だけで解明できるものじゃないということはわかります。そこで今、大学の同級生だった心理学や哲学の専門家たちと仲良くしていましてね。彼らと共同研究とまではいかないまでも、頻繁にディスカッションをしているんです。そうして異分野の専門家と、「考える」という脳のメカニズムについて解明しようとしているんですよ。面白いでしょう?

こうして、原始的なところと、もっとも発達した部分と両極端な2つを「膜」と「RNA」という材料を用いて解明することで、誰もが納得する形で、何の間違いもなく原子・分子レベルで生命現象を解明できるはずだ、というのが私の考えなんです。

他の先生方からは「研究の幅を広げ過ぎでは?」という意見ももらいますが、私にとってはすべてが「膜」と「RNA」という2つによって生命現象を解明する、という一つのテーマで括られるものなんです。

大学における研究とは、自分が好きなことをとことん展開する場

――研究で失敗したり困難にぶつかることはあるのか?

東京大学・濡木理教授

実験を重ねても、一向に思うような結果が出ないというようなことはありますよ。でも、それが失敗というわけではなくて、そういう時こそまた新しい発想で考え直すきっかけになります。ですから、失敗はないです。ただ競争に負けることはありますよ。

競争が激しい分野ですから、何年も実験を重ねてやっと成果になりそうだと思った矢先に、他の研究グループに先を越されてしまうということはあります。それはショックですよ。でも、積み重ねてきた成果を無駄にすることはありません。もっと深いところまで研究して、論文を完成させるところまで進めますから。

もちろん論文が掲載されるメディアのランクは下がりますが、それでもやってきた研究を成果としてまとめることを重視してきました。ちなみになぜライバルに先を越されてしまうような事態が起こるかというと、往々にして、既存の論文に刺激されて研究を始めてしまったことが原因なんです。

誰かが書いた論文に触発されて研究を始めるのは、結局、その論文の書き手の土俵に上がって戦うのと同じ。本人のほうが知見が深いわけですから、スピード勝負になったら負けます。だから私は学生たちに「論文は読むな!」とよく言っているんです。

意外に思うかもしれませんが、熱心に論文を読むことは、研究にとってあまりいいことではありません。他人の成果を学ぶより、自分独自の感性を大事にして、本当にやりたいことを突き詰めていくほうがいい研究につながるものなんです。「論文を読むとピュアな感性が汚れる」と主張する先生もいます。

他に面倒なことと言えば、研究分野によっては政治が絡んでくることがあるんですよね。実際のところ政治と無縁ではいられない面はあります。政局の変動によって不遇に陥った人から、足を引っ張られるなんて面倒なこともあります。

――基礎研究は一般の人のどんな役に立つのか?

構造生物学の研究とは、基礎の基礎のところですから、一般の人たちの生活には縁遠いと思われるかもしれませんが、私たちのやっている研究は意外に一般の人にも身近なものなんですよ。というのも、生命現象のメカニズムが解明できると、そのまま薬が作れちゃうんです。ゲノム医療を飛躍的に容易にすることもできます。それによってこれまで治療できなかった心疾患や脳疾患、神経疾患、あるいはがんを治療するための創薬や新たな医療技術が生まれるんですね。

基礎研究がダイレクトに医療の新技術や創薬につながるわけで、私はそのことを「基礎の基礎は応用」と言っているんです。

東京大学・濡木理教授

――再び、研究とはそもそも何なのか?

まだ世界でだれも知らないことを解明するための活動であり、どの文献にもない答えを見つける作業です。そこでは受験で勉強したような知識はまったく役に立たないんですね。

研究者に求められるのは、教科書や文献で学んだ知識より、子どもの頃に時間を忘れてのめりこんだ遊びの感覚なんですよ。森の中に入って昆虫採集をするような純粋な好奇心と自由な発想力、そして行動力といったものが、研究の決め手になることが多いです。

ですから不謹慎な言い方かもしれませんが、研究というのは、遊びの延長なんです。しかも何をして遊ぶか――何を研究するかはその人の自由です。大学における研究とは、自分が好きなことをとことん展開する場なんです。

しかもその遊びは、人類がまだ知らない謎を解明するというダイナミックな冒険であり、同時に難しい病気を治療する技術や薬を生み出す発明に繋がります。それが研究の、そして大学の醍醐味なんですよ、本来は。

これから大学受験に挑む高校生のみなさんにとって目下の関心は、偏差値を上げることかもしれませんが、大学に来る最大の意味は、自分が夢中になれる研究テーマと出会い、それに打ち込むことなんだということをぜひ、頭の片隅にでも置いておいてもらいたいんですよね。

《次回は、遊びの延長のような自由で楽しい研究者の日常について濡木教授に大いに語っていただきます。》

東京大学・濡木理教授

第2回に続く)

取材/2020年2月
インタビュー・構成/大島七々三