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「研究者ってこんなに楽しいんだよ」と伝えたい―理学部・濡木理教授に聞く(2)

2020.06.03

研究室探訪

#理学系研究科 #理学系研究科 #研究 #研究 #東大の先生 #東大の先生 #構造生物学 #構造生物学

東京大学・濡木理教授

【研究者に聞く】第2回 「大学の価値は研究にあり!」

今回は研究者の生活について語っていただきます。珍しい蝶や昆虫の標本、熱帯魚が泳ぐ水槽、さらには「ポケモンGO」が作動しているタブレットにワイングラスが並ぶ棚…濡木先生の教授室には謎がいっぱい!生物科学分野でいくつもの最先端研究を進める東大教授の生活はなんとも自由で楽しそうなのです。

PROFILE

濡木 理(ぬれき おさむ)
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授

東京都生まれ。1984年3月、私立武蔵高校卒業。東京大学理学部生物化学科卒業後、1993年同大学院理学系研究科博士課程修了。同研究科で助手、助教授を務めた後、東京工業大学教授、東京大学医科学研究所教授を経て2010年より現職。X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡を用いてタンパク質や核酸の立体構造研究を行い、数々の成果を『Nature』や『Science』などのトップジャーナルに発表。並行してゲノム編集のプロジェクトも始め、2014年にCRISPR-Cas9の立体構造を世界で初めて解明した。研究成果の医療応用にも積極的に取り組み、ゲノム編集のモダリス、クライオ電顕による構造解析のキュライオといった創薬ベンチャーを立ち上げている。2018年紫綬褒章受章。

研究者は一つの発見で何千万、何億の人命を助けられる

――研究者になったきっかけとは?

いくつかの段階があったと思います。今、思い出すのは、中学2年生の夏休みの課題で「匂いのメカニズム」に関するレポートをまとめたことですね。当然、専門的な実験はできませんから、いろんな本を読んで自分なりの感想や考えをわりと長めにまとめました。

私は武蔵中学・高校の出身なんですが、武蔵の先生は自由で、授業も自分のやりたいように進める人が多いんです。授業内容もカリキュラムに沿ってスケジュール通りに進めるのではなく、大学の先生が行うような講義に近いものでした。

その中に理科の渡辺範夫先生という優れた教師がいて、その先生は実験を主体にした授業をされていました。そのためレポートの課題が多かったんですよ。

その渡辺先生が、その時の私のレポートをすごく褒めてくれたんですよ。そして「本当にそれがわかったらノーベル賞なんだよ」と、14歳の私に話してくれましてね。

渡辺先生が言ったとおり、2004年にコロンビア大学のリチャード・アクセル、リンダ・バックという2人の研究者によって嗅覚の受容体が発見され、その功績で2人はノーベル賞をとりました。でも私は、「ノーベル賞が出たからといって全然終わってないよ」と思いましたけどね。

受容体の存在がわかればいいんじゃなくて、そこに原子・分子がどのように動いてヒトが匂いを認識するのか、そこの根本的なメカニズムを知りたいわけですから。研究は全然終わってない。私にとっては中2のレポートで提示した研究課題は今も続いているんです。

そう考えると、研究者の道を選んだのも、あの時のレポートが一つのきっかけになっていると思います。

さらに直接的なきっかけでいうと、東大で教養課程から専門学部を選ぶ2年生の時ですね。医学部に進めるだけの点数も取れていたので、医学部か理学部か迷っていたら、めったに怒ることのない父親が珍しく怒りましてね。「自分を発展成長させたくないのか」と。

医師は目の前にいる患者を直接助けることはできるが、いわば職人だと。救える人の数に限界がある。それに比べて研究者は一つの発見で一瞬にして何千万、何億の人命を助けられるというわけです。基礎研究は神通力みたいなものですからね。どちらが人類に貢献できるか。そんな父親の一言もあって、基礎研究の道に進みました。

――もともと研究者に憧れていたのか?

母方の祖父が東工大出身で、電気科学分野の研究者でした。ある研究機関に勤めながら、論文を書いて学位をとった、いわゆる論文博士です。祖父の部屋には「博士号を授与する」と書かれた学位記の額が飾られていて、そこに(時の総理大臣?)、佐藤栄作の署名があったんですよ。幼心に「かっこいいなあ、博士になりたいなあ」と思ってました。

今でも覚えているのは、その祖父が朝、自分の部屋でゆっくりとコーヒーを飲みながら、書き物をしている姿です。母が横で「研究者になったら自分の好きなように時間が使えるんだよ」と話してくれましてね、「研究者っていいなあ」と思いました。祖父は私が3歳の時に脳溢血で亡くなりましたが、私にはその頃の記憶があるんです。

幼いころから研究者という存在が身近にあって、ある種の憧れを持っていたとは思います。

――なぜ生物学を専門に選んだのか?

小さい頃から虫や植物、動物が好きで、生き物への関心が強かったのですが、今の研究への扉を開いたのは、高校1年の時に読んだ『ワトソン遺伝子の分子生物学』という本の影響が大きいです。

この本には分子生物学についてわかりやすく書かれていまして、分子生物学って面白いんだなと。こういうことができるなら、受験勉強にも意味はあると思えたんですよ。

受験勉強はしなければいけない。でも受験勉強ってつらいのが当たり前でしょう。だから、大学に行ったらこれをやるんだ、と思えるものがあれば耐えられるだろうということもあってその本を手にしました。

高校生の皆さんに言っておきたいのは、受験勉強は汗をかくことで何かができるということを学ぶには意味があるけど、それで覚えた知識は大して役に立たないということです。点数を取ることだけを目的にした勉強は、むしろ将来にとって百害あって一利なしとさえ言える。

だから受験勉強の時期に、大学へ行く意欲をかきたてるような本や講義に触れることはとても大切だと私は思っています。

「ポケモン GO」は研究者向き?

――研究者になってよかったことは?

なんといっても自分の生きたいように生きられることです。研究者の生活というのは、本当に自由なんですよ。私に言わせると、研究はまるで遊びの延長。不謹慎な言い方かもしれないけど、こんなに遊んでいて給料もらってていいのか、というのが正直な感想なんです。この教授室を見てもらえばわかるかもしれませんが。

東京大学・濡木理教授

ここには2年前に移ってきまして、その時に東京藝大を出た私の友人にこの部屋の内装をお願いしたんです。もちろん自費で。60万円かかりました。

壁にずらりと飾ってあるのは私が世界のいろんな場所でとってきた蝶や昆虫の標本です。壁に設置した水槽は、私が大好きな沖縄のマングローブの森をイメージして、友人が設えてくれたものです。水槽の中には魚が泳いでいますよ。数年前まではしょっちゅう沖縄に行ってたんですが、最近は時間がなくてなかなか行けないので、ここにいながら沖縄を感じていられるようにと友人に頼んで作ってもらいました。

東京大学・濡木理教授
東京大学・濡木理教授 水槽

ちょっと変わったシャンデリアも、オブジェ風のライトも、ワイングラスを飾った棚も、友人によるものです。水槽のメンテナンスもその知人が月に1、2回来てやってくれてます。もちろんその経費も自費です。

海外ではこういう教授室は多いんですけど日本の大学でこんなのは見かけないでしょ? どこも警察の取調室みたいで、学生の指導などしているとパワハラみたいになっちゃう(笑)。研究ってクリエイティブなものだし、ワクワクするものですから、それに似合う世界観を私はここに作りたかったんですよ。

実は理学部の事務室に許可も取ってないんですよ。「やってやろうじゃないか」って感じで作っちゃいました。

それからしばらくして、UTOKYO VOICESの取材が来てここが紹介されました。先に本部の方に認めてもらえたようだから、まあいいだろうと思ってるんですけどね。

――なぜ蝶の標本や水槽の横に、ワイングラスが?

東京大学・濡木理教授 ワイングラス

そこの一角は、バーをイメージしています。ここで共同研究者やいろんな分野の専門家とディスカッションした後、ワインを開けて飲み会をするんですよ。その時の料理は毎回、私の手づくりです。

実はこの隣の部屋に本格的な料理ができるキッチンも作ってあるんです。200万円かかりました。お客さんをお迎えする日は、そこで私が鶏の唐揚げとかシュウマイなどを事前に作っておいて、飲み会を始める時に振る舞うんです。今日もこの後、医学系の研究者が2人来る予定で、さっきまで餃子を作ってたんですよ。

東京大学・濡木理教授 キッチン
東京大学・濡木理教授 キッチン

飲み会は、月に3回ほどやってます。昨年は、中高時代の親友の国会議員が訪ねてきたりもしましたよ。その時もいろんな議論をした後、ここで一緒にワインを開けて楽しいひと時を過ごしました。

もちろん研究室の学生とも飲み会をしますよ。3年生の後期実習の打ち上げでは、私が7~8万円をはたいていいお肉を買ってきて、焼き肉パーティーをしたんです。そうやって優秀な学生の青田刈りをするんですよ。まあ、そんなことでは学生はつられませんけどね。

1年ほど前には女子会もしました。うちの研究室には女性が10人ほどいますので、女性限定の飲み会をやってみたんです。その時にはかなり凝った料理を振る舞いましてね。フォアグラのイチジクソース和えに、リゾット、パスタ、それに和牛のステーキをここで焼きました。お酒の飲めない人には、千疋屋のフルーツジュースも用意して。

それも、真の女性研究者を育てたいという思いからなんです。日本には実力のある女性研究者がまだまだ少ないのが実情です。原因は家なんです。親が、研究なんかやらないで会社に勤めなさいと教えるんですね。本人も「自由に生きたい」という意思が希薄なものだから、素直に親のいうことを聞くんですよ。これは日本の悪慣習だと思う。

私は欧米のような自立した女性研究者を育てたいと思っていて、女子学生にも研究の魅力を伝える機会を作るようにしています。まあその時は、2時間ほどたつと男子学生がなだれ込んできまして、男子会になってしまいましたが。

というように、ここでさまざまな人とディスカッションをした後、一席やるということを頻繁に実施しています。

先生がいつも授業のことや研究室のことでつらそうにしていると、学生たちが研究者になることに夢を持てないでしょう。研究者ってこんなに楽しいんだよってことをこういう形で伝えようと思ってね。

――もしや机の上にあるタブレットは「ポケモンGO」?

東京大学・濡木理教授

ははは、これですか。1年ほど前に息子がやってたのを見て、私も始めました。今ではすっかり私のほうが熱心にやってます。これはいわば昆虫採集みたいなものですから。研究者には「ポケモン GO」 をやっている人が多いって知ってます? 学生に「キミは『ポケモンGO』 をやってるか?」と聞いて、やってないと答えると「研究者には向いていないな」と言っている教授もいるんですよ。

うちの研究室の学生たちと連れだってレイドバトル(複数の人が協力し合って巨大モンスターを捕獲すること)に行くこともあります。あまり頻繁に学生を誘うと研究の邪魔かなと、たまに一人で“ポケ活”に行くと、「先生なんで誘ってくれないんですか」と、後で怒られたりしているんです。

《第3回では、研究者の日常生活や研究者の感性を育むための学生生活の過ごし方について語っていただきます。》

第3回に続く)

取材/2020年2月
インタビュー・構成/大島七々三