VRで私たちの生活は変わりますか?―情報理工学系研究科・雨宮智浩准教授(3)
研究室探訪 2021.05.07
2020.04.06
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【研究者に聞く】第2回
教養学部前期課程で「ジェンダー論」を担当する瀬地山角教授への連載インタビュー。今回は、実際に講義中に用いる資料も使いながら、現代社会におけるジェンダー上の課題を解説していただきました。聞き手は文学部人文学科美学芸術学専修課程4年の伊達摩彦さんです。
PROFILE
瀬地山 角(せちやま かく)
東京大学大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻 教授
1986年東京大学教養学部教養学科相関社会科学分科卒業、1993年東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了後、1994年東京大学助教授、2009年より現職。この間、韓国のソウル大学に留学、ハーバード大学とカリフォルニア大学バークレー校で客員研究員。最新刊に編著『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』他の著書に『お笑いジェンダー論』『東アジアの家父長制』(いずれも勁草書房)漫画家高世えり子さんとの共著で『理系男子の恋愛トリセツ』(晶文社)など。
TABLE OF CONTENTS
伊達摩彦(文学部4年) 男性と女性の平等な社会の取り組みは、歴史的に見てまだ日が浅いのですね。どうりで私の親世代には、未だ家父長制の意識が根づいているはずです。
瀬地山角(東京大学大学院総合文化研究科教授) 伊達さんは、どちらのご出身ですか?
伊達 札幌です。高校は公立高校を出ました。
瀬地山 ご両親は共働きだったのかな?
伊達 いえ、母は専業主婦でした。
瀬地山 ああ、典型的な東大生の家庭ですね。今のご時世、共働き世帯は専業主婦世帯の2倍以上です。理由は2つあります。ひとつは、法整備などにより昔に比べ多少は女性が社会進出するようになったということでしょう。けれどもそれ以上に、世帯収入の問題が大きいといえます。夫の収入だけでは家族を養うのが難しく、妻が働きに出るパターンです。
この傾向は地方のほうが顕著です。表1は、2015年に総務省が実施した「国勢調査」をもとに、夫が有業の世帯の妻の有業率を調べ、その高い10県と低い10県を並べたものです。有業率が高い県には、東北や北陸、山陰などの県が並びます。一方低い県は、近畿圏や関東、政令指定都市のある県など、経済活動が比較的盛んな地域です。夫の収入がある程度高いアッパーミドル層(中流階級の上位層)が多く、専業主婦の割合が高いといえます。もちろん伊達さんの高校にも、両親が共働きの人やシングルペアレントの人もいたでしょう。ただ割合として、母親が専業主婦のご家庭は多かったと思いますよ。
そしてこの傾向は、実は東大に通う女子学生にもあてはまります。女子学生は男子学生に比べて、地方出身者が少ない傾向にあります。女子学生のボリュームゾーンは、関東を中心とした都市圏の、私立中高一貫校の出身者です。彼女たちの家庭は比較的裕福であり、父親は社会的にも安定した企業や職業に就き、母親は専業主婦という傾向が見られます。
すると何が起こるか。東大に通う彼女たちも、“子どもを育てながら働く”というイメージが今ひとつ湧かないのです。研究室探訪のインタビューでお話したとおり、東大生の第1子出生後の生涯賃金は3億円と考えられます。一般的な生涯賃金よりも1億円も高い。それだけ社会的責任のある仕事に就けるチャンスがあるというのに、意外と出産を機に第一線から退く女性が少なくありません。それは“育った環境における常識”が影響していると思われます。
専業主婦になることが間違いだとは言いません。けれども共働きという選択肢を端から諦めるのは、私に言わせれば「3億円の宝くじをドブに捨てている」のと同じことです。だからジェンダー論の授業では、受講する女子学生に向けてライフコースの展望を示すことも大事な使命だと思って、内容を設計しています。
伊達 とはいえ日本社会全体で見れば、子どもが生まれても働き続けたいという女性や、働き続けてほしいと考える男性も増えてきていますよね。
瀬地山 そのとおり。厚生労働省が2015年に実施した「出生動向基本調査」(独身票)では、女性の理想のライフコースで専業主婦を希望する人が20%近くいる一方で、両立を望む人が30%を超えていますし、将来の予定のライフコースでいうと専業主婦になるつもりと答える人は10%を割り込んでいます。また男性がパートナーに望むライフコースを専業主婦と答えた人は10%に過ぎず、今や共働きは当たり前という考えが一般的です。
ここで大事なのは、例えば女子学生がパートナーを選ぶ段階で、相手が自分の仕事についてきちんと評価し、考えを理解できるかどうかです。裏を返せば男子学生は、働く女性の考えを知っておく必要があるのです。
伊達 講義でも、そうした話をするのですか。
瀬地山 もちろんです。図1、図2は先ほど紹介した「出生動向基本調査」のデータで、それぞれ男性および女性が、メイトセレクション(mate selection、配偶者選択)において相手に求めるものを表したものです。おそらく伊達さんのご両親が若かりし頃は、女性が求める結婚相手の条件として「3高(高学歴・高収入・高身長)」という言葉が流行っていた時期だと思います。
伊達 親世代の頃とは、やっぱり違うのでしょうか。
瀬地山 男女とも1位は「人柄」でした。まあでも人柄って、一概にいいとか悪いとか言えないですよね。これは“相性”ということで、恋愛結婚が支持されていることの表れだと思います。注目したいのは、それぞれの2位以下です。まずは男性が女性に求めるものは、順に「家事育児の能力」「仕事への理解」「容姿」でした。わかりやすいですね(笑)。コンベンショナル(conventional、伝統的なさま、型にはまったさま)で、昔とそれほど変わらないんじゃないかな。
それに対して、女性が男性に求めるものの第1位はなんと「家事育児の能力」で、3高のどれにも引っかかりません(笑)。続いて「仕事への理解」と「経済力」が僅差で続くのですが、“重視する”の割合が高い分、仕事への理解が実質2位といえるでしょう。経済力でやっと3高のひとつが登場します。
伊達 「家事育児の能力」が1位とは驚きです! モテるのはイクメン予備軍なんですね(笑)。
瀬地山 そして興味深いことに、「学歴」はこの図の中の最下位。2019年の東大の入学式で、上野千鶴子先生は祝辞の中で「東大の男子学生はモテる」とおっしゃっていましたが、学歴があればモテるとは言えないようです。講義で「学歴など、家事育児の能力の半分程度しか求められていないのだ」と話すと、東大生のみなさんは結構ショックを受けていますよ。
伊達 講義では先生の研究テーマの、東アジアのジェンダー比較も取り上げるのですか。
瀬地山 そうですね。講座の後半で研究結果を紹介しています。まず日本と韓国と台湾の3国はいずれも資本主義であり、経済力に極端な違いはありません。ということは、ライフスタイルやキャリアの男女間の違いは、それぞれの国の風土や文化、社会や民族の特性などの影響が大きい、と考えることができます。その社会のジェンダーにまつわる規範が明らかになると考えるのです。
伊達 主にどのような違いが見られるのですか。
瀬地山 例えば日本や韓国と台湾との間では、女性の就労パターンに大きな違いがあります。日本では長らく「M字カーブ」と呼ばれる現象が問題となっていました。年齢別の就労率について30代から40代にかけて一時的に落ちこみが見られ、グラフがM字型を描くことからそう言われています。
就労率が下がるのは、女性はこの年代に結婚や出産といったライフイベントを控えていて、退職や休業する人が増えるからです。一方企業では責任のある仕事を任される場面が増え、大きくキャリアアップする時期と重なります。女性は大事な時期に仕事を離れることになり、それが評価や処遇の男女格差につながっていると言われています。ただしここ数年、日本では共働き世帯が増え、M字のカーブが緩くなりつつあります。
そして今の話を踏まえて図3を見てほしいのですが、台湾のグラフは、日本や韓国と違った形をしているのがわかるでしょう。出産育児期にあたるはずの30代の労働力率が日本や韓国と比べて高いんです。私が実際に台湾に行きフィールドワークもしたのですが、「子育てがキャリアの妨げになる」と考える人はあまりいません。保育所などのハード面は日本に比べて遅れているにもかかわらず、赤ちゃんがいても働くことは当たり前なのです。
伊達 なぜ“当たり前”になるのでしょう。
瀬地山 ひとつは中華文化圏全体において、「母親は子どもの側にいなければならない」という役割規範が日韓に比べて希薄なことが理由として挙げられますです。そしてもう1つは、仮に出産で退職しても、初職のキャリアを活かしやすい雇用慣行があります。例えば大手の新聞社で働いていた人が出産を理由に辞めたとしても、1年後には別の新聞社に転職するというのは何も珍しいことではありません。
逆に日本以上にM字カーブの強い韓国は、母親の役割規範も日本以上に根強い傾向にあります。象徴的なのは、2010年頃に話題となった“キロギアッパ”と呼ばれる現象です。富裕層を中心に子どもが大学入学前に英語圏に留学する際、母親が一緒について行き父親は韓国で仕事を続け送金するというものでした。日本で高校生が留学するとなると、さすがに母親がついて行くケースは滅多にないでしょう。
伊達 各国特有の文化や考えが、これだけ就労にも影響しているのですね。
瀬地山 この日本・韓国・台湾の違いをふまえた上で、社会体制や経済の発展水準が異なる中国と北朝鮮を比較に加えます。すると、台湾と中国が似ていて、韓国と北朝鮮が似ていることがわかりました。ここから、資本主義か社会主義かという社会体制の違いではなく、文化の違いが女性就労の違いを生み出していると言えるのです。これが、東アジア圏を対象にしたジェンダー研究の面白さです。
(第3回に続きます)