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大学生になったら知っておきたい。教養としての「ジェンダー論」―教養学部・瀬地山角教授(3)

2020.04.23

研究室探訪

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教養学部・瀬地山角教授

【研究者に聞く】第3回

教養学部前期課程で「ジェンダー論」を担当する瀬地山角教授への連載インタビュー、ついに最終回です。今回は、ジェンダー論を受講した学生の反応が話題に。講義で取り上げる性的マイノリティについても触れながら、ジェンダーを学ぶことの意義について語っていただきました。聞き手は引き続き、文学部人文学科美学芸術学専修課程4年の伊達摩彦さんです。

PROFILE

瀬地山 角(せちやま かく)
東京大学大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻 教授

1986年東京大学教養学部教養学科相関社会科学分科卒業、1993年東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了後、1994年東京大学助教授、2009年より現職。この間、韓国のソウル大学に留学、ハーバード大学とカリフォルニア大学バークレー校で客員研究員。最新刊に編著『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』他の著書に『お笑いジェンダー論』『東アジアの家父長制』(いずれも勁草書房)漫画家高世えり子さんとの共著で『理系男子の恋愛トリセツ』(晶文社)など。

勉強してきたはずなのに知らないことだらけ

伊達摩彦(文学部4年) ジェンダー論を受講した学生からは、どのような反応がありますか。

瀬地山角(東京大学大学院総合文化研究科教授) 最も多いのは「こんなことも知らなかったのか」、という無知への気づきですね。私からすれば講義で扱っている内容の大半は、高校生までに知っておいてほしいこと、学ぶべきことなんですよね。でも実際は知らないのですから、講義を聞いて驚く学生さんがたくさんいます。

たとえばジェンダー論では、性的マイノリティについても扱っていて、講義では「東京都府中青年の家事件裁判」を必ず取り上げます。事件は1990年に施設を利用していた同性愛者の団体が、他の利用者から嫌がらせを受けたことから施設長に対処を求めたところ、逆に施設側が同性愛者の利用を禁止したというものです。これは差別にあたると、団体が東京都を訴えました。

地裁で敗訴した東京都は控訴しますが、そのとき東京都は「当時の知識ではやむをえなかった」という論理を持ち出したのです。これに対し、1997年に東京高裁は、公権力の行使者たる行政は、少数者である同性愛者の権利を視野に入れた細かな配慮をする必要があり、そのことに無関心であったり知識がなかったりということは許されない、という趣旨の画期的な判決を出します。「行政は知らなかったではすまされない」と20世紀にすでにいわれているのです。こんなことふつう高校で必修で習うべき内容だと思いませんか?

「知らなかったではすまされない」この言葉がすべてなんですね。特に東大生の場合、官僚になるなど制度をつくる側に回ったり、民間企業に就職しても意思決定に携わったりする人が多いと思います。大事なのは外の世界を知って、自分の常識を疑ってほしい。自分のいる世界を“当たり前”とは思ってほしくないんです。

伊達 当たり前ではない?

瀬地山 そうですよ、まったく当たり前ではありません。先ほど東大の学生はアッパーミドル(中流階級の上位層)で、母親が専業主婦という家庭で育った人が多いという話をしましたよね(第2回参照)。けれども、そうした家庭は珍しいとはいいませんが、専業主婦世帯はいまや共働き世帯の半分以下です。つまりあなたたちが育った環境で培われた“普通”は、外から見れば普通ではないことがたくさんあるはずなのです。

ジェンダー論は海外からの留学生も多く受講してくれています。講義では毎回リアクションペーパーを全員に配布し、授業の感想や質問などを書いてもらっているのですが、留学生からの指摘は結構辛辣ですよ。「モーニングアフターピル(※1)も知らずに大学生になるなんて、日本人おかしい!」って。

※1 女性が服用する緊急避妊薬のこと。性交中にコンドームが破けるなど避妊に失敗した場合、望まない性交渉があった場合などに服用し、望まない妊娠を防ぐ。日本では婦人科を受診し処方してもらうのが一般的(2020年1月現在)。

ジェンダーによって機会が奪われているのであればもったいないこと

伊達 何だかドキっとさせられますね。モーニングアフターピルなんて、女子学生はともかく、男子学生はほとんどわからないのではないでしょうか。

瀬地山 あまりにも実生活と学んでいることの間に乖離があるのだと思います。結婚の手続きは知っているけど、離婚は一切習わないとかね。今や結婚したカップルの3組に1組は離婚を経験します。珍しいことではなくなった一方、法的な権利や手続きを知らなくてこじれることがとても多い。「養育費はいらないから、今すぐ別れて!」なんていってはいけないんですよ。養育費の支払いを受ける権利は、子どもにあるので、親が勝手に代理で放棄することは認められていないんです。本当は大人になる前に、そうしたことをしっかりしっておいてほしいんですが。

伊達 留学生のみなさんからの意見で、ほかに興味深かったものはありますか。

瀬地山 インカレサークル(インターカレッジ・サークルのこと。学内サークルと異なり、複数の大学の学生が集まって運営している)があるのは奇妙だと指摘した人がいましたね。私は、インカレサークルが東大で生まれるのは、まさに東大の男女比のいびつさが起こしている現象だろうと思っています。サークルに女子学生を集めたい→東大は女子学生が少ない→よその大学から女子学生を呼ぼう、ということが背景のひとつでしょう。よく欧米の大学と比較されますが、北京大やソウル大(いずれも女子比率4割以上)などアジア諸国のトップ大学と比べても、東大の男女比はかなりいびつな状態ですから。留学生にこの説明をしたら、It’s so stupid! と目を丸くしていました。

伊達 そもそも、なぜ東大には女子学生が少ないのでしょうね。

瀬地山 いろんな理由が考えられますが、最も解決すべきは地方出身者、または浪人生の志願者を増やすことだと思います。全国各地にある進学校の進学実績も調査しているのですが、数字からも女子高生の「現役志向」「地元志向」が如実に表れているんですよ。東大をめざせる学力があるのに、確実に合格できる地元の国立大学に進学するという女子高生の数が多いのです。
九州の県立の進学校を卒業し、浪人して東大に入学した女子学生はこんなことを書いてきました。「家から出ることを親に許してもらえなくて地元の国立大学に行った同級生がいます。浪人時代、彼女と偶然会って、『大学どう?』って聞いたら、『英語がね、高校のときより簡単なの…』と言っていました。その言葉を聞いて、浪人させてもらえた自分の環境に感謝しました」、別の学生は「親にいわれて一度は女子大に進学したけれど、どうしても東大に行きたくて泣いて暴れて説得して東大を受けました」。受験するだけで泣いて暴れないといけないんですよ。
下宿させるだけのお金がない、浪人はしたくないといった理由があるのもわかります。一方で、まだまだ「女の子に下宿をさせてまで、東京の大学に行かせる必要はない」「女の子が浪人なんて」という考えも残っているのではないでしょうか。でもそうしたジェンダーによって、さまざまな可能性が奪われているのだとしたら、こんなにもったいないことはありません。“3億円の宝くじ”をみすみす逃しているのだから(第2回参照)。

伊達 確かに東大で4年間過ごしていると、学びを深めるうえで充実した環境が備わっていることを感じます。下宿してでも来るだけの価値がある場所だと、個人的には思いますね。

教養学部・瀬地山角教授

善意であっても相手のアイデンティティを抹殺する危うさ

瀬地山 そして東大に女子学生、地方出身者、浪人生が来ないということは、それだけ学生の性質が均一化し、特異的な集団になるということなんです。その集団で共有されている常識が、学外でも当てはまると考えるのは危険なことでしょう。

伊達 ああ、だから学びを通じてバイアス(思い込み、思考の偏り)を外す、常識を疑う作業が大事になってくるのですね。それは単に知識としてだけでなく、多様な人との関係を構築するうえでも必要なことですね。

瀬地山 講義では、性的マイノリティの人のカミングアウトを受けた時どう対応するか、「そんなの関係ないから大丈夫!」と善意で言おうとしていないか学生に問いかけています。「そんなの関係ない」という言葉は、善意から発せられていても、相手のアイデンティティを抹殺しかねません。

例えば、あなたが海外に行って「私は日本人です」と言ったのに対し、現地の人から「日本人?そんなの関係ないよ!」と言われたらどう思うでしょうか。あなたが日本人というアイデンティティを持っていて、それを表明した上で、何かを説明しようとしているときに、「そんなの平等だから関係ない」と話をぶった切られてしまったら、いい気分はしませんよね。講義ではそのような想像力を働かせることができるか、問いかけています。

伊達 最後に瀬地山先生から、読者に向けてメッセージをお願いします。

瀬地山 まずは先ほどの話に戻りますが、地方在住、それから浪人の女子学生、ぜひ東大に来て!ってことですね。東大の入試って、実はそんなに特殊な問題ではありません。だから、思い切ってチャレンジしてほしいです。その先に、興味のあることをめいっぱい学べる環境が待っているのですから。

<インタビューを終えて…>
伊達 東大生からはカップル受講が多いことで有名な「ジェンダー論」。受講生に「ぜひ必修にしてほしい!」と言わしめるほど、学びの多い授業です。今回、ユーモアを交えつつ熱く語る先生のお話に、思わずグイグイと引き込まれてしまいました。先生の研究の本質はずばり、東アジア圏の就労状況の分析・比較を通じて日本社会を「相対化する」ことにあると思います。つまりは「当たり前を疑ってみる」ということです。こうした姿勢は、研究以外の場面でも大切なのではないでしょうか。私も、何事に対してもつい自分基準で判断してしまっていないか、自らに問いかけているところです。

インタビュー/伊達摩彦
構成/「キミの東大」企画・編集チーム