人工言語はバックグラウンドの設定がとても綿密だと思うんですけど、言語はどのようにして創り上げていくんですか。
中野:基本的に私の場合は音から考えています。一般的な言語も音声言語が先に成り立って、その後に書記言語が考案されることが多いんですよ。
言語を分解して考えてみよう
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まず最初に、言語の中で音の最小単位「音素」から検討します。
日本語で言えば子音や母音など、それ以上分けられない音のことです。世界中の言語音の種類って膨大にあるんですけど、どんな言語の音素も表にまとめられるんです。
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それが作れたら、次は1段階大きい「音節」を作ります。
日本語なら子音+母音とシンプルなんですが、例えば英語などでは子音と母音がより複雑に組み合わさって1つの音節を形成しているんですよね。なので、人工言語においても、どういう規則を持って音節を作ったらいいか、いくつか検討します。
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その次は音節同士の組み合わせで「形態素」を作ります。
「形態素」は意味を持つ最小単位で、例えば「強く、強い、強くて、強み」という語形があるとき、「強-」は語彙の中心的な意味を持つ形態素で、残りの「-く」「-い」「-く」「-て」「-み」などは、「強-」のような形態素と組み合わさることで、名詞や形容詞、副詞に語を変化させることができる形態素です。
(※ただし、日本語の形態分析にはさまざまなやり方があり、これはあくまで一例です)
もちろん、こういう形態素の組み合わせや形態の変化がほとんどなくて、それぞれの語形がほぼ変わらない、変わるとしても「声調」だけという、中国語のような言語もあるんですよ。なので、形態法そのものをどれくらい複雑にするかも検討要素なんです。
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「形態」の次は「統語」で、文が形成される時の語の並びの規則性を作ります。
その先は「意味」「語用」の話になって……と、だんだん裾広がりに単位が大きくなっていくので、言語を作る時もこの流れに沿うのがセオリーかなと思っています。
それらを設定し終わってからようやく文字の創作です。
最初から複雑ですね。人工言語のアルティジハーク語も言語の組み立てを意識して創られているんですね。
中野:アルティジハーク語は本当に長い時間をかけて創った言語なんですよ。中学に入った頃から構想が始まっていて、文字の開発でも時間がかかりましたし、徐々に追加された文法や語、逆に気に入らなくて丸ごと変えてしまった設定もあります。これからもリバイズは続けるつもりで、今まで私がいろんなところで出している設定は、今後予告なく変更する予定なんです! パンフレットとかにも「二千何年何月時点の設定なので、これ以降変わらない保証はありません」って堂々と記載していますし、文法書を出した後でもリバイズされる可能性もあります(笑)。
口笛言語のビェイマー語もすごく興味があるのですが、あれは音で奏でる言語なんでしょうか。
中野:実はアルティジハーク語ほどは設定を詰めていない言語なので多くは語れないものの、『タモリ倶楽部』に出演したおかげで反響を多くいただいています。似たような口笛言語に「シルボ」があるのですが、それは既存のスペイン語を口笛に落とし込んだタイプの言語なので、ビェイマー語とは体系的に大きく異なるんです。
口笛言語のビェイマー語を聴いてみよう!
ビェイマー語は、フィラクスナーレの他の言語とも異なる独自の音体系を持っているのですが、端的にいうと「音高」と「音調」という要素からなる「音節」に相当する概念があるんです。このカギ括弧つきの「音節」を説明すると、例えば、ラを基準音にして、ソラシと3つの音階があったとします。これが音高です。次に、この3つの音の繋ぎかた(真っ直ぐ繋ぐのか、途中音を区切ってバラバラに音を出すのか、音がはねるのか、潜るのかなど、一口に音を繋ぐといってもバリエーションがあるわけですが)が「音調」です。この「音高」と「音調」を暗号のように組み合わせて語を形成しているのがビェイマー語なんですよ。
アルティジハーク語とビェイマー語以外にも、人工言語はたくさん創作されていますよね。
中野:名前だけの言語も含めると数百種は創作しているんですが、それぞれが常時設定を変化させていたり、語彙を作っている途中だったりするので、話せる言語として出来上がっているものは殆ど無いんです。どうしてそんなに言語の数が多いかっていうと、現実世界の言語の系統樹みたいなものを人工言語でも設定しているからなんです。
▲系統樹の拡大図はこちら
私が中学時代学んでいたサンスクリット語も、インド・ヨーロッパ祖語からインド・イラン語派-インド語派-サンスクリット語という歴史を辿って、その後、ヒンディー語やベンガル語などのインド諸言語に、まさに樹形のように派生しているんですよ。この構造を人工言語でも作ろうとなると、同様に樹形図の分岐点にあたる言語を検討する必要性が出てくるので、必然的に言語をたくさん作ることになるんです。
言語って、本当に奥が深いですね。簡単には創作できないということがわかりました。最後に、貴重な創作ノートをもう一度、見せていただいてもよろしいですか。
中野:もちろん大丈夫です。実は、今書いているメインの小説でもこのノート中の構想からリバイズしたアイディアを用いることもあるんです。例えばこのアルジェント Argento って書いてあるキャラクターは、小説では名前をちょっと変えてアルギント Argint という主人公として登場しています。当初はフランス語の[argent(アルジャン:銀、お金)]から命名していたんですが、名前が現実世界の言語に由来しているのは、人工世界の世界観に合わないと思いリバイズしたんです。ちょうど主人公は雷の力を扱えるという特徴があって、いろいろ調べた結果、バスク語で「電気」を意味するアルギンダル Argindar という語を発見し、偶然意味的にも音的にもぴったりだったので、人工言語で別の意味になるよう再構成しました。主人公の住む地域の言語で[アル=ギンデ Ar-Gïndë(剣によって)]という語を生み出して、さらに修正し調整を重ねた結果が彼の名前です。
ほかにも、イメージした曲を小学生なりに書き留めた譜面もあって、自主制作映画の『世界のあいだ』のエンドクレジットに使っているフィラクスナーレのテーマ曲や、運営中のYouTubeのイントロもこの曲が元なんですよ。
もっとお話を聞いていたいのですが、今後も素敵な作品がたくさん創作されることを期待して、ご活躍を応援しています。