「誰のものでもない、つまり誰のものでもあるような」―東大イマジナティヴ
第2回:後編 人工世界クリエイター 中野智宏

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東大イマジナティヴは「発想・発見・想像力に富んだモノの見方、考え方」と「自分発の世界観」を軸に社会で活躍されている先輩から、お話を伺う企画です。今感じている不確かな思いも、きっとすべてがなりたい自分につながっているはずです。
多種多様なスタイルをもつ先輩方の考え方をヒントに、新たな1歩を踏み出そう!

第2回は、人工世界クリエイターの中野智宏さん。新しいファンタジーを創造すべく言語、音楽、映像、小説と幅広く、そしてひたむきに制作を続けている本学の現役大学院生です。「世界を0から創る」という壮大な構想を生み出す原動力とは、そして人工言語は一体どういう仕組みなのか。今回も個性が光る目線からお話をお届けいたします。

中野 智宏

NAKANO TOMOHIRO

1998年、京都府生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻 言語学研究室在籍。小学生の頃から人工世界や言語の創作活動を始め、東大在籍中に人工世界「フィラクスナーレ」を題材にした長編映画『世界のあいだ』を発表。人工言語の独自性が注目され、バラエティー番組『タモリ倶楽部』にも取り上げられる新進気鋭の作家。
中野智宏 公式サイト:https://tomohironakano.com/

言語のプロならではの言語のコツ

  • 実際の言語は、何ヶ国語ぐらい話せるのですか。

ちゃんと会話ができるのは、実は日・英・仏くらいです。主に学んでいた古典語はもう会話に使われないので、辞書や文法書等の補助があれば、ある程度正しく読むことができる言語を挙げると、サンスクリット語、ラテン語、シリア語、古アイルランド語、中期ウェールズ語なども少し読めます。本当にさわりだけ学んだペルシア語やトルコ語もありますね。いろんな語族や語派について学びたいと思って、今も学び続けているので、そろそろ2桁くらいの言語に触れたことになっているはずです。

こんにちは、という挨拶でも言語によってさまざま
  • サンスクリット語など、難解な言語は興味だけではなかなか習得が難しそうなのですが、言語を覚えるコツはありますか。

サンスクリット語やもっと難しい言語でも、言語学習一般に言えることですが「触れる機会と頻度を増やす」は鉄則です。
まずは極力、学びたい言語に触れることが第一歩です。ただ単に机に向かって練習問題を解くのではなく、それと同時に学びたい言語へ興味が自然と向くように心がけるんです。私の場合、英語は歌を覚えたいというところから入り、大好きなマイケル・ジャクソンの曲を何度も聴いて歌詞を覚えることで、語彙力もいつの間にか身に付き、定着していきました。
英語以外の言語では、今、ウェールズ語を勉強中で、ケルト言語の勉強をするためにウェールズ留学を予定しています。ウェールズ語は英語のように文法書があまり出回っていないので、ウェールズ語圏のお気に入りアーティストを見つけて、意味はわからなくても、とにかく歌えるようにしています。

  • では、中野さんが創作された人工言語のアルティジハーク語は、どうやって覚えればいいでしょうか。

文法書が出たらきっとこの文字の意味もわかるはず……

アルティジハーク語は、私が文法書を出したら、まずはそれを読んでください(笑)! 今後、文法をちゃんと固めて公表できる形にするのがひとつの目標なんですけど、他にもアルティジハーク語で作詞された音楽や小説も創作したいと思っています。音楽でも小説でも映画でも、興味のあるジャンルから、ぜひアルティジハーク語を覚えていただければと思います(笑)。

創造への向き合いかた

  • 人工世界や言語の発生は創造性とか独創性とかも必要だと思うのですが、そのアイデアはどのように生まれてくるのですか。

架空の世界を創るとなると、参考にできるものは現実の世界しかないので、全てを吸収していくところからスタートします。
自分の脳ひとつで考えるのには限度があるので、インプットが重要なんです。その点、博物館にはたくさんの時代と歴史風俗についての資料が蒐集されているので、とても便利ですね。先日、大阪にある国立民族学博物館に行ったんですけど、所蔵品34万点以上の規模感と、全世界の至る所から集められたニッチなものを身近に感じられる展示方法が印象的で、人工世界の創作にとてもプラスになりました。

世界中の様々なものが蒐集されている国立民族学博物館
  • 壮大な世界観によって創られている人工世界の制作にゴールはあるのでしょうか。

ゴールにも幾つかのレベルがある前提で、ほんとに一番近いところで言うと、今書いている小説を出版したいですね。今、執筆中の小説を皆さんに届けることがまず1歩目で、そのあとに映画化があって、映画の次はオープンワールドゲーム(広大な世界を探検できるゲーム)制作をして……と、様々なメディアに進出していくのがひとつのゴールなのかなと思っています。たとえば、いろんなメディアが連携し合って、ひとつの共有された世界観の中でいろんなものがつながって、オーディエンスの人たちがその世界観の中で自分が楽しみたい分野をそれぞれ楽しめるといったものを構想しています。

  • 夢を実現させていく過程で、どんなことが特に大変でしたか。

今でも苦しんでいるのは、ストーリーを創るときに「どこをもって完成とするか」ということですね。自分ひとりで創っているので、ある種、完璧主義になりがちなところがあるんです。ファンタジーとかSFとかってやっぱり型にはまりがちなんですけど、人工世界創作において目指しているのは、あえてそこから逸脱して、純粋に自分のやりたいことを追求していくことなので、その過程が結構大変だったりもします。

  • 架空のものを生み出す力を高めるために、日頃から特に大切にしていることはありますか。

ものをよく見る。「もの」といっても社会にある全てのものについてよく見ることですね。ものをひとつ認識したときに、そこで止まらずに、一歩踏み込んだ想像力を働かせるようにしています。

水だけでも地理が創造できてしまうんです

たとえば、ペットボトルの水があったとして、「どこからきた水なのか」、「その水脈は年間どれくらいの水量を出す水脈で、どこの山脈に属しているのか」「その山脈は新期造山帯に属しているのか、あるいは古期造山帯の一部なのか」という要領で踏み込んで考えてみると、何かしら役に立つアイディアやアイディアの素が思い浮かんでくることが多いので、いろんなものを想像しながら見るようにしています。

  • 新型コロナウイルス禍によって、芸術や文化といった現場では、かなり苦境に立たされることも多かったのではないですか。

そうですね。新型コロナウイルス感染症が世界中に広まって、みんなが困っている中で自分には何ができるのか自問する機会も多いのですが、まずは社会問題に対して、自分の創作活動の力だけでは直接働きかけができないことをとても心苦しく思っています。芸術作品に触れたり、文学を読んだりしたからといって、病気が治るわけじゃないんですけれども、芸術には社会を前に動かしたり、社会を形作っていくような力があると思っているんです。もちろん、自分自身の創作自体にもかなり影響が出ていて、結構苦しい面もありました。それでも表現者として、そこで立ち止まらずに間接的であっても何かしら社会にも影響を与えられる方法を模索しています。創作で社会貢献をすることは永遠の課題ですが、できないことはないと思っているので、これからも創作を通して、平和で人類みんなが幸福になれるような世界を目指したいというメッセージを発信し続けていきたいです。

国籍のない言語の世界へ

  • 日常の全てが創作活動につながっているというお話でしたが、中野さんの日々の癒しになっていることは何でしょうか。

ほかの人の作品に触れる時はほっとします。脳みそ全体を一気に休ませるのではなく、インプットに使う脳だけを働かせて、アウトプットに使う脳を休ませていますね。映画はいろいろ観ていますし、新型コロナウイルス禍の自粛中にゲームも始めました。ゲームも物語の表現方法のひとつだと思っているので、ゲームそのものを楽しみつつ、一方でゲームからインスピレーションを受けるという時間の使い方をしています。結局、常にインプットに使う脳かアウトプットに使う脳のどっちかは動いているので、本当に何も考えていない時間はとても少ないですね。音楽を聴いていても何かしら分析する方向に頭が働いてしまうので、寝る前は耳新しい民族音楽、たとえばネイティブアメリカンの曲やブルガリアの合唱などをネットで見つけてきて、それを聴きながら寝るようにしています。

  • 今後も人工世界の創作を続けていかれると思うのですが、挑戦したい分野はありますか。

今は大学も含め、言語に力を注いできた部分が大きいですが、言語だけではやっぱりやっていけないと思っています。言語に関連して、隣接した文化だったり、民俗学だったり、文化人類学みたいな分野をやっていく必要性を感じています。 これまでのファンタジー作品の多くは、北欧やヨーロッパを中心としたコーカソイド系民族の風俗文化を源流にしているものが多かったですよね。だからこそ、人工世界をもっと無国籍なファンタジーの世界として創れたらいいなと。そしてなにより、無国籍化以外にも児童文学としても読めて、大人も楽しめる作品を生み出したいと思っているんです。いろんな分野に貪欲でいることで、どこの国のものでもない、誰のものでもない、つまり誰のものでもあるような作品を執筆できるようになりたいです。

  • 本当に果てしなく広がる世界ですね。最後に、みなさんに伝えたいことはありますか?

人間誰しも、多かれ少なかれクリエイティブな力を持っていると思っています。私の場合はその主なアウトプット先が人工世界ですけど、全ての人が日常生活の中で、相手の気持ちになって考えたり、人を思いやったりとクリエイティブな力を活かせるんじゃないかと思います。

そして、今、私たちってすごく厳しい時代の只中にいますが、その中でも自分自身で未来に対する希望を持つだけじゃなく、人に希望を持たせられるようなことをお互いに発揮して生きていけたら、より良い世界になっていくんじゃないかと思っています。

取材/2022年3月
インタビュー・構成/「キミの東大」企画・編集チーム
インタビュー撮影/江上嘉郁
WEB構成/肥後沙結美