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法律を学ぶことは世の中に具体的な政策選択を提案できる醍醐味がある―法学部・樋口亮介教授

2019.01.07

研究室探訪

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PROFILE

樋口 亮介(ひぐち りょうすけ)

2002年東京大学法学部卒業と同時に法学部助手になり、2005年東京大学大学院法学政治学研究科助教授、2018年東京大学大学院法学政治学研究科教授に就任。著書に『法人処罰と刑法理論』(2009年,東京大学出版会)。

楽しく授業されている先生のひと言がきっかけで研究者の道に

残虐な殺人事件が起きたら、皆さんは「とんでもない事件が起きた」と思うことでしょう。ただ、ここで犯人が精神障害者であり、刑事裁判にかけられることはないという追加報道があったとしましょう。この場合、「仕方がない」と思う人もいれば、「それはおかしいのではないか」と疑問に思う人もいると思います。

私は、こうした精神障害者等の責任能力の理論的基礎とその判断基準の研究を1つのメインテーマにしています。他には、企業の処罰はどうすべきかなども研究していますが、入学後、しばらくしてから弁護士になるという進路を決めていました。研究者の道に進むことになったのは、2017年に最高裁判事に就任された山口厚先生との出会いがあったからです。

もともと法学部への進学につながる文科一類を受験したのは、成績は良かったので何となく東大法学部を出て官僚になるんだろうくらいの考えからでした。しかしいざ入学してみると、弁護士になって世の中を明るくしていきたい、と考えるようになりました。

そうしたとき、山口先生の授業を履修しました。2年生のときのことですが、山口先生がとても楽しく授業されているのをみて、先生の下でずっと勉強したいと考えました。
そこで山口先生の刑法ゼミに入ったところ、先生から「助手にならないか」と誘われたのです。助手になれば給料を得ながら研究を続けることができますので、卒業後すぐに助手になりました。先生に誘われなかったら、弁護士になっていたかもしれません。


とことんやり抜くと同時に楽しくがモットーで、日本の歴史や精神医学、哲学などを学びながら研究に取り組んでいる。

法学の勉強の先には研究があり、さらには社会への新たな提案へ

助手は3年間で「助手論文」を書くことが条件でした。論文のテーマを考えていたところ、山口先生から「法人を処罰すべきかどうか研究しないか」と言われ、企業処罰の研究を手掛けるようになりました。世界ではどのように対応しているのか、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スイス、オーストラリアを調査・比較すると、どこに問題や課題があるのかがわかってきました。研究をするとはどういうことか、理解を深めることができました。

ビジネスに関する法律は専門家が合理的に使いこなせればいいのですが、刑法全体ともなると、日常生活に密接に関わりますので、専門家だけでなく、多くの人が理解でき、納得できるものでなければいけません。たとえば、責任能力の問題で、「心神喪失時の犯罪は無罪」というだけでは、多くの人はおかしいと思うのではないでしょうか。どのような場合に、どのような判断をするのか、十分な議論が必要になります。ちなみに、世界の状況をみると、どういう要件でどんな処罰をするかは、政策選択の問題であることがわかります。精神の障害を理由とした免責の範囲は、時代・国によって異なるのです。


初めての単著『法人処罰と刑法理論』。勉強のしすぎで入院したこともあるが、仕事は一向に苦にならない。
「今は入院しない程度しか勉強してない」と嘆く。

刑法研究者は、世の中に具体的な政策選択を提案する役割を担っているともいえます。「六法を暗記するんですか?」と聞かれることがありますが、「条文はどうしてどのように創られたのかを学び、不当であれば変えていいということが大切」と答えています。

法学部に進むと、まず「勉強」しなければいけないことは確かです。でも、その先に「研究」があり、そして「新たな提案」ができるのも法学部の特徴です。自分で興味あるテーマを設定・研究することで、社会に役立つことができます。法律を学ぶことはルールの根拠と変更可能性を学ぶことであり、時間をかけて習得してほしいと思います。

 

取材・文/佐原 勉
撮影/今村拓馬