VRで私たちの生活は変わりますか?―情報理工学系研究科・雨宮智浩准教授(3)
研究室探訪 2021.05.07
2018.11.26
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PROFILE
新井 宗仁(あらい むねひと)
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系 教授
東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻 教授(兼担)
東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程中途退学。博士(理学)。東京大学助手、独立行政法人産業技術総合研究所研究員、主任研究員、研究グループ長などを経て、現職。専門分野は生物物理学、特に、タンパク質のフォールディング機構の実験的・理論的解析と、産業や医療への応用を目指したタンパク質デザイン。
東京大学教養学部主催「高校生と大学生のための金曜特別講座」の運営も担当。趣味は、クラシック音楽鑑賞、マンドリン、詩吟など。
TABLE OF CONTENTS
大学で必要となる問題発見能力は日頃の「なぜだろう」から
じゃんけんに負けて進んだ生物物理学の道
物理学と生物学が出会う!?
人の役に立つタンパク質デザイン研究
夢と自信と回り道――高校生へのメッセージ
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佐藤咲良(学生ライター/農学部) よろしくお願いします。早速ですが、質問させていただきます。新井先生は、高校での勉強と大学での研究は何が違うと考えていらっしゃいますか?
新井宗仁(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 教授) 一番大きな違いは、答えが分かっていることを覚えていくのか、それとも答えがないことを自分で解明していくのかの違いだと思います。また、大学では問題を解く能力以外にも、問題を見つける能力が必要になってくると思います。
佐藤 研究課題を見つけるということですね。
新井 はい。自分の人生をかけてもいいと思えるくらい魅力的な研究テーマを見つけることができたら、とても幸せなことだと思います。魅力的なテーマの中には、どこから手をつけたら良いのかわからないくらいの難問も多いと思います。そこで、実際に研究する際には、問題の設定も大切になります。
具体的に言うと、例えば宇宙の外には何があるんだろうとかそういう大きな問いがありますよね。その問題に答えるのはとても難しいです。実際に研究するときには、ある程度は解くことが出来るような問題設定にします。その問題を解決して、またもう少し進んだ問題を設定していく。そういう意味での、夢があるけれどちゃんと解明できる問いを用意する能力も大切ですね。
佐藤 そういった能力というのは、大学に入って研究を始めないとつかないのでしょうか。
新井 そんなことはないと思います。この問題発見能力や問題設定能力というのは、言い換えると、好奇心を持ち続ける能力のことだと思います。常に心のどこかで考え続けること、といいますか。これは本人の性格によるところも大きいと思います。その意味では、良い研究者になれるかどうかは、難関大学に入れたかどうかでは決まらないと言えます。
一方で、問題発見能力や問題設定能力は、訓練をして鍛えることも可能だと思います。高校までの勉強をしているときにも、常に「なぜだろう」と問いかけてみる訓練をすればよいのです。例えば理科や数学の勉強をしているときに、「これはこうなります」と言われたら、「なぜだろう」「どうして」と考えてみましょう。社会の勉強でも「昔こういうことが起きた」のはなぜなのかを考えたり、国語の文章を読むときにも、筆者はなぜこのように考えるのか、主人公はなぜこのような行動をとったのかを考えたりといった訓練をしてみましょう。そうすれば自然と問題発見能力は養われます。
また、その質問の答えを自分で探してみる訓練もできると良いですね。それを通して、答えられる問題と答えるのが難しい問題を見分けられるようになると思います。これが問題設定能力につながります。このような訓練をすれば学校の成績も伸びていくでしょう。また、社会人になっても実践的に使える能力を身に着けることができます。
佐藤 新井先生も、昔から関心のあったことがあって、今の研究をされているんですか?
新井 私の場合は、小学生のころには漠然と医者になりたいと思っていました。中学生くらいに物理学を面白いと思い始めて、大学は理科一類を受けました。そのまま理学部物理学科に進みました。今になって考えると、大学1、2年生のときにもう少し視野を広くしておけば良かったと思います。というのも、当時は生物をほとんど勉強しなかったからです。
私としては、普遍的なものを探究したいという気持ちが強く、あらゆる物質に成り立つ法則を扱う物理学に興味がありました。一方、生物学は、普遍的というよりは生物ごとの違いを強調しているように思えて、あまり魅力を感じていませんでした。食わず嫌いなところがあったかもしれません。物理学科では、素粒子理論に興味がありました。4年生になるときに卒業研究の配属先研究室を決めますが、素粒子理論は希望者が多くて、じゃんけんで決めることになりました。しかし、私はじゃんけんで負けてしまったんです。
佐藤 卒業研究の配属先はじゃんけんで決めるんですか?
新井 当時は、希望者多数の場合はじゃんけんでした。今はどうかわかりませんが。まあ、じゃんけんに負けてしまって(笑)。それで結局、生物物理の研究室を選びました。理由としては、昔は医者になりたいと思っていたこともあるし、大学を卒業するまでに一度は生物学を真面目に勉強してみようかと思いました。勉強してみたらとても面白くて、そのまま大学院に進学し、現在まで生物物理学の研究を続けています。生物の中にも普遍的なものはあるはずであり、それを探究したいと思っています。じゃんけんに負けて本当に良かったです。
新井 その研究室では、タンパク質のフォールディングのメカニズムを研究していました。タンパク質は、生命現象をつかさどる基本的な物質です。生命における素粒子と言って良いかもしれません。DNAは、いつ、どこで、どんなタンパク質をつくりなさいという設計図であり、実際に体内で働いて我々を動かしているのはタンパク質です。
タンパク質は数百個のアミノ酸が長い鎖のようにつながった紐状の物質として体内でつくられますが、ある部分はらせん状になり、ある部分はひだ状になり、それらが集まってすごくコンパクトに折りたたまれます。これをタンパク質のフォールディング(折りたたみ)と言います。そういった特定の構造をつくって初めて、タンパク質は機能を発揮できます。
この構造を決定するのは20種類のアミノ酸の組み合わせです。例えば、100個のアミノ酸がつながってできるタンパク質には、アミノ酸を並べる組み合わせが20の100乗通りあります。それぞれの並び方に対して、こういう並び方だとこういう形になる、という対応関係がある。けれど、その対応関係は今も完全には明らかではなく、アミノ酸の並び方からタンパク質の構造を予測するのはまだ困難です。
佐藤 でも、システイン結合とか、教科書で習いましたが。
新井 システインというアミノ酸同士が近づくと、それらがつながってジスルフィド結合という共有結合を形成します。ジスルフィド結合にしても、単純に変性している条件下だと、近いもの同士が結合します。けれど、実際に天然に見られる構造では、タンパク質という紐の一番端同士が結合をつくっていることがあります。
佐藤 それは、細胞内の酵素反応で出来るのではないんですか?
新井 2つのシステインが近づいたときに、それらをつないでジスルフィド結合をつくらせる酵素もあります。しかしアミノ酸配列上は離れたところにあるシステイン同士を近づけるのは、酵素ではありません。タンパク質が自分にとって一番好ましい構造に折りたたまると、自然とシステイン同士が近くに来ているのです。そのあとにジスルフィド結合が形成されます。
大きなタンパク質は、分子シャペロンというタンパク質に助けられてフォールディングすることはありますが、多くのタンパク質は水に溶けた普通の環境下で、他にタンパク質やDNAなどがなくても、自力でフォールディングできます。つまり、これはもうタンパク質という物質そのものの特性であり、物理学で説明が出来るのです。
佐藤 ここで物理学が生物学と出会うんですね。
新井 物理学における熱力学の原理に従って、最も安定な構造を目指してタンパク質がフォールディングしていきます。
佐藤 クーロン力だったり、ファンデルワールス力だったりとか。
新井 そういった力によってタンパク質は安定化されます。これらは高校までの物理や化学で習う力ですね。また、高校の物理で習うニュートンの運動方程式を使えば、タンパク質の動きをシミュレーションできます。ただし、非常に複雑な計算式になるので、手で解くのではなく、スパコンなどを使って計算します。これは非常に大変な計算で、世界最速のスパコンを使っても、タンパク質のフォールディング問題を解くのは難しいです。
佐藤 先ほどおっしゃっていた、「問を見つける力」という言葉を思い出しました。教科書にタンパク質は一次構造から高次構造になっていく、と書いてある裏の、そのフォールディングがどんな法則で出来ているのか、という疑問を見つける力なんですね。
新井 そうですね。タンパク質のフォールディング問題は、実は1960年代に問題提起され、その後、多くの人たちが研究してきました。教科書の最初の方に書かれているタンパク質のフォールディングは、50年以上経った今もまだ解明されていない、生物学における難問中の難問なんです。なので古くからある問題ですが、どんな問題であっても、その問題に魅力を感じ、それを自分自身の問題として捉えて、真剣に、かつ、楽しみながら取り組んでいけるかどうか、ということが大切だと思います。
佐藤 先生は、生物物理は社会の何に役に立つと考えていらっしゃいますか?
新井 タンパク質業界は、人の役に立ちやすい分野です。薬や食品関係、産業利用などがありますね。例えば、2018年のノーベル生理学・医学賞(2名)とノーベル化学賞(3名中1名)はどちらも、タンパク質である抗体を医薬品として利用した研究に授与されています。またノーベル化学賞の残り2名は、タンパク質デザイン法の開発で受賞しています。私自身もこれまでタンパク質のデザインについての研究をしてきました。
佐藤 現在も、タンパク質デザインを研究されているんですか?
新井 はい。以前は主にタンパク質のフォールディングを研究していましたが、だんだんと役に立つものを直接作りたいと思うようになり、今はフォールディング研究のほかに、タンパク質をデザインして高機能化させる研究にも力を入れています。タンパク質の高機能化を意識したきっかけは、東日本大震災でした。あの大災害を見て、生命科学研究の立場から震災復興に貢献できないかと考え続けていたとき、シアノバクテリアが軽油のようなアルカンをつくることを思い出しました。
生物が何らかの物質をつくるときには、その生物が持つタンパク質(酵素)が働いているはずです。シアノバクテリアにもアルカンをつくる酵素が存在していました。しかしその酵素によるアルカン生産の効率は非常に低いので、これを高める必要があります。そこで、この研究をすればエネルギー問題の解決に貢献できるのではと思いました。
佐藤 基礎研究からいきなり応用研究に変えるという方向転換は難しかったんじゃないですか?
新井 確かに簡単ではありませんでした。今までやってきた研究とは全く異なるテーマを、一から立ち上げました。しかし、いつか何かで役に立ちたいということは常に考え続けていた。それが震災をきっかけに方向が決まり、必死に研究をした、という感じでしたね。
大学院生や博士研究員のときよりも、准教授だったこのときに一番多く実験をしました。そうしたら学生たちが集まってきてくれたし、研究費ももらえました。熱意は伝わるんだなと、とても嬉しく感じました。また、学生たちも自分が熱くなれるものを求めているのかなと思いました。今もこの研究を続けています。
佐藤 高校生に向けて、何かメッセージなどがあればお願いします。
新井 一番大切なことは、夢を持つこと、ですね。そのためには、今のうちになんでも体験してみることが大切だと思います。そうすると、自分が得意なことや、やっていて楽しいことなどが見つかってきます。思いがけない出会いもあるかもしれません。
また、自分はどこへ向かって進んでいけばよいのだろうかと考え続けることが大切です。すぐに答えは見つからないかもしれませんが、悩み続けていれば、道は見えてくると思います。あとは直感も大切です。思い切ってやってみること。もし自分が当初考えていた通りの道を歩むことができなくても、また新しい道が出来ます。たとえ途中に挫折があったとしても、その度に悩み続けて選んだ道ならば、最終的にはこの道で良かったと思うときが来るのではないかと私は思います。
独創的であることが重要ってよく言われますけど、本当に独創的なことって、違う分野同士のかけ算で見つかることが多いです。回り道や寄り道が、独創的なことにつながるかもしれない。つまり独創性とは生き方そのものです。そして、悩んだ分だけ独創的なことができるようになると思います。とにかく、諦めないで一生懸命にやることです。しかし実際には残念なことに、自信をなくして諦めてしまう人が多い。なので逆に、諦めないでいれば、やりたいことを続けられるかもしれません。
佐藤 たしかに(笑)。現実的ですね。
新井 諦めないために、夢と自信をもってください。根拠のない自信でも構いません。一度しかない人生を、自分の夢にかけてみるのも良いと思います。
新井 最後にもう一つだけ。東京大学教養学部では「高校生と大学生のための金曜特別講座」という公開講座を無料で開講しています。この講座では、高校生が進路を選択する上で参考になるような講義を行っています。
東京近郊の高校生はぜひ東大駒場キャンパスの会場までお越しください。また、インターネットを使って全国の多数の高校にもリアルタイムで配信しており、質疑応答もできます。詳細はぜひ、金曜講座のホームページをご覧ください。
参考リンク:高校生と大学生のための金曜特別講座(東京大学教養学部)
佐藤 ありがとうございました。