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大学生になったら知っておきたい。教養としての「ジェンダー論」―教養学部・瀬地山角教授(1)

2020.03.19

研究室探訪

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【研究者に聞く】第1回

教養学部前期課程の人気講座のひとつである「ジェンダー論」。新聞やテレビで「ジェンダー」という言葉は聞いたことがあるけれども、「ジェンダー論」という学問を知る人は少ないのではないでしょうか。そこで今回、文学部人文学科美学芸術学専修課程4年の伊達摩彦さんが、教養学部前期課程で「ジェンダー論」を担当する瀬地山角教授にインタビューし、ジェンダー論の内容や教員の講座にかける思いをじっくりと聞きました。

PROFILE

瀬地山 角(せちやま かく)
東京大学大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻 教授

1986年東京大学教養学部教養学科相関社会科学分科卒業、1993年東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了後、1994年東京大学助教授、2009年より現職。この間、韓国のソウル大学に留学、ハーバード大学とカリフォルニア大学バークレー校で客員研究員。最新刊に編著『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』他の著書に『お笑いジェンダー論』『東アジアの家父長制』(いずれも勁草書房)漫画家高世えり子さんとの共著で『理系男子の恋愛トリセツ』(晶文社)など。

男女の“当たり前”は社会がつくりだしたもの

伊達摩彦(文学部4年) 瀬地山先生は教養学部の前期課程で「ジェンダー論」を担当されています。ジェンダーについて教えてください。

瀬地山角(東京大学大学院総合文化研究科教授) ジェンダーについては、高校生の時に一度は習っているんじゃないかな? 改めて説明すると、社会や文化によってつくられる性別です。例えば男性と女性では体のつくりや生理的なはたらきに、違いがあることは分かりますよね。これに対して料理や掃除など家事をするのは、果たして“女性特有の能力”なのでしょうか? 近年は家事を夫婦で分担する家庭も増えてきましたが、「家事は女性がやるもの」といった考え方がまだまだ根づいています。これはまさに日本の社会や文化によって築かれた男女の役割、つまりジェンダーです。

伊達 なるほど。先日もニュースで、日本は世界の男女平等ランキングで順位を落とし、先進国の中でも大きな後れを取っている(※1)というのが話題となりました。そういえばフィンランドではつい最近(2019年12月)、34歳の女性首相が誕生しましたね。ひるがえって日本の政治に目を向けると、“総理大臣=50代以降の男性”という印象があります。若手や女性がリーダーになるには、まだまだ時間がかかりそうです。

※1 世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表。経済、政治、教育、健康の4つの分野について、男女間の格差を測る「ジェンダー・ギャップ指数」を算出してランキングしている。2019年12月に発表された2018年の総合ランキングでは、日本は153カ国中121位。

瀬地山 「男はこうあるべき」「女はこうでなければ」と私たちが考えていることのほとんどは、生物学的に決まっているもの(セックス)ではなく、人の考えによってつくられたもの(ジェンダー)です。人が作ったものならば、人と人が話し合うことで変えていくことができるはずです。
私の専門は比較社会学です。日本の現代社会を、別の時代や地域と比較することで、当たり前と思っていたことが実はそうでもない、むしろおかしなところがたくさんあるよ、今の社会の仕組みも普遍的なものではないですよということを相対化して示すことができます。これがジェンダー論の面白さです。

ジェンダー研究を始めたのは生存戦略だった⁉

伊達 先生はどのような経緯で、ジェンダー研究に関心を持つようになったのですか。

瀬地山 最初の頃からジェンダーだけに強い関心があったわけではありません。学生の頃、特に1年生の頃は社会運動に没頭していました。卒業論文も当時の社会運動論がテーマでした。お金をたくさん稼ぐより、自分の理念を曲げることなく生きていきたいと思い、就職ではなく大学院に進学することにしたんです。ただ修士に入るということは、研究しないといけないですよね。当たり前ですが(笑)。でも社会運動自体を研究するのは、時代の流れを見ても限界があると感じていました。
一方その当時、社会運動が活発化していたのがフェミニズムとエコロジーです。フェミニズムとは女性解放思想のこと。男女の格差をなくし、社会・政治・法律上の権利を平等にしましょうという考えで、ジェンダーという言葉がまだ一般化する前に盛んに議論されました。ちょうど上野千鶴子先生(東京大学名誉教授)や江原由美子先生(横浜国立大学教授)が、精力的にメディアなど含めて活動されていた時期と重なります。そうしたこともあって、社会構造における男女格差について研究するようになりました。それが現在につながっています。

伊達 そうしたきっかけだったとは(笑)。とはいえ社会がつくった男女の役割に、当時から疑問を感じていらしたんですよね。

瀬地山 ちょうど私の世代が、男女雇用機会均等法(※2)の第1期生にあたるんです。新卒で入社した年の4月から、この法律が施行されました。この法律が施行されるまで、会社における女性の役割は、男性社員を補佐するというのが一般的でした。
でも私の母親は違ったんです。1960年にNHKに入職して、定年まで現場で番組づくりを続けていました。私自身は、女性が昼間に家の外に出て働くことが当たり前の環境で育ったわけです。ですから女性はお茶汲みやコピー取りが主な仕事で、寿退社(※3)するものという考えに違和感があったのは確かです。

※2 1985年に成立し、翌年に施行された、職場における女性差別を規制する法律。ただし、成立当時の法律は、募集・採用、配置・昇進の均等な取り扱いを努力義務とし、差別的取り扱いを禁止していなかった。
※3 結婚を機に退職し、専業主婦になること。

伊達 中でも先生は、東アジアの国々をジェンダーの観点から比べていますね。

瀬地山 日本に加え韓国と台湾、そして中国と北朝鮮の5カ国について、女性の就労状況と社会や文化的背景の関係を中心に研究しています。
実はこれも、ものすごく強い思いがあったというより、研究者としての生存戦略だったんです(笑)。東大の文系なら多かれ少なかれ誰でもそうなのですが、修士論文を書く過程でけっこう苦しい思いをします。人と違うテーマを見つけないと生き残れないと悩んでいた頃、韓国語と中国語を使うということを思いついたのです。当時は中国語もマイナーな言語で、韓国語は現在のように初修外国語とはなっておらず、第三外国語でした。欧米とのジェンダー比較は盛んだけど、文化や民族性に共通点のあるアジアで比べたら、日本のジェンダー上の問題も浮き彫りになるのではと考えたのがきっかけです。

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カップルでの受講も!文理問わず人気の講座

伊達 ジェンダー論を開講することになったのはなぜですか。

瀬地山 話は2000年頃にさかのぼります。男女共同参画社会基本法が制定された頃です。社会活動全般において、男女が「性別にかかわらず、個性と能力を発揮できる社会」を目指したものです。ただ「基本法」というのは基本的に、その基本理念を立ち上げるもので、即座に身近な生活レベルで何かが変わるものではありません。ただ法律の精神を広めるには国が率先して実行する必要があります。したがって、当時国の機関だった東大(※4)も何らかの取り組みを求められ、私の所属する教養学部・総合文化研究科にも対応が求められました。基本法とはいえ、具体的な取り組みが求められたのです。
当時の学部長は、「文理に開かれたジェンダー教育をやる」そして「学内保育所を大学公認の組織にする」ことを公言し、どちらも私の仕事になりました(笑)。学内保育所のほうは、保育所代表として、大学公認の組織にすることにかかわりました。また、ジェンダー教育のほうは、当時別の先生が担当していたジェンダー論の講義を2006年から私が引き継ぎました。

※4 東大は2004年に国立大学法人化したが、それ以前は法人化していない国立大学だった。

伊達 瀬地山先生が担当されてから、15年近くになるのですね。

瀬地山 そうですね。おかげさまで、学生さんからも評判みたいです。500人ほど入る教室で開講していますが、毎回立ち見が出るほどですから。当初の目的であった“文理に開かれた”というところは、本当に文科、理科問わずに受講生がいますね。

伊達 私のクラスでも、受講している学生がたくさんいました。

瀬地山 あと東大に何万授業があるのか全くわかりませんが、少なくとも女子学生の受講者数が、全学で一番多いのは間違いないはずです。200人程度でしょうか。「健康診断に次いで女子率が高い」と学生さんが言っていました。毎年3割から4割は女性ですね。東大生のうち女子学生の占める割合はおよそ2割ですから、それなりの人数が受講していると思います。理科一類の男子学生なんかは驚いていますよ、「東大にこんなにいっぱい女子学生っていたんだ!」って(笑)。

伊達 カップルで受講する学生もいますよね?

瀬地山 そうそう! 結構多いんですよ。中には去年受講した女子学生が、「今年は彼氏連れてきました♪」って。何でしょうね、見せつけたいんですかね(笑)。でもカップル受講が起こるのは、必然的な流れだと見ています。よく女子学生から聞くのは、「この講義を聞いた人とつき合いたい」という声です。まあ女子学生の言いたいことを、この講義は代弁してくれるということなのでしょう。

伊達 うーん、そうなのか……。自分自身も、無意識の部分で、ジェンダーに関する固定観念に縛られているかもしれません。

瀬地山 そのとおり。そして東大に通う女子学生も、ジェンダーに縛られている側面はあります。講義で紹介しているデータも用いながら、そのあたりを紹介しましょう。

第2回に続きます)

インタビュー/伊達摩彦
構成/「キミの東大」企画・編集チーム