ちょっとひといき ちょっとひととき(10)-東大生のともだち
東大生コラム 2024.06.27
2024.08.30
テーマを絞って発信する東大生のコラム企画
第11回目のテーマは「わたしの地元、わたしの暮らし」。大学に進学して改めて気付いた地元の良さや、それまでとの生活環境の変化をどのように感じているのでしょうか。現役東大生のお話を読んで、ちょっとひといきつきませんか?
もんじゃストリートである程度有名な月島。ここが私の地元です。中学校までは周りの友達がみんなもんじゃを作れるほど、もんじゃに満ち溢れた生活だったのですが、高校、大学と進学するにつれて、周りのもんじゃ率が低下し、今では人生で0もんじゃの方が大半を占めています。確かにもんじゃのビジュアルはなかなか美味しそうとはいえないですよね…泣 でももんじゃ、とてもおいしいんです!そこでもんじゃの魅力を広めるために、学科の友達に向けてもんじゃパーティーを開催しました。おすすめメニューは、「明太もちもんじゃ」で、チーズをトッピングするとおいしさが倍増します。さて、初もんじゃの友達の反応はどうだったかというと、大満足で、私も初めて食べた「いかすみもんじゃ」のチーズトッピングが、リゾットみたいで、みんなで感動の涙を流しました。もんじゃを堪能した後は、もんじゃストリートにあるメロンパンを食べるのが、地元民の楽しみ方!ぜひ皆さんも月島でもんじゃのある暮らしを、体験してみてください!
富山県高岡市には、射水市とを結ぶ路面電車(トラム)が走っており、観光名物となっている。高岡市は漫画家藤子・F・不二雄の出身地ということで、ドラえもんを生かした街づくりが行われており、2012年からはドラえもんの装飾を施した「ドラえもんトラム」が開通し話題を呼んだ。高岡市は現在ではゴーストタウン化したと言われており、昔遊んだ商業施設がどんどん閉鎖され、シャッター街となった街並みは見ていて胸にくるものがある。その上住民の大半が高齢者であるため、帰省しても若者が遊ぶ娯楽施設がないのだ。しかしながら、高岡市には国宝である「瑞龍寺」や美しい「雨晴海岸」をはじめ、まだ気づかれていない魅力がたくさんある。「雨晴海岸」は、2018年にリリースされた人気アーティスト「ヨルシカ」の楽曲「ただ君に晴れ」の撮影地となり、ヨルシカファンの聖地となった。私は地方創生という言葉を聞くと、以前は活気があった、しかし今では分かりやすく寂れてしまったこの街をいつも思い浮かべる。高岡が勢いを盛り返してくれることを願ってやまない。
7時12分東京発のぞみ。上京6年目、身体に染みついたルートで実家へ帰省する。
ビル群の立ち並ぶ大都会、広大な茶畑、富士山、工業地帯を通り抜けて、名古屋駅に降り立つ。行き交う人をかき分けて近鉄線に乗り込む。
東京では数分に1本来る電車も、私の地元では30分に1本。不便だが帰ってきた実感が湧くものである。
お馴染みのローカル線に乗りこむと、車窓からは見慣れた景色が出迎えてくれる。まず私が通った高校。帰り道に友達と成績や部活の話で盛り上がったことを思い出す。そして雄大な山脈と田んぼの広がる風景。幼い頃から飽きるほど見てきた風景も、地元を離れてから眺めると感慨深い。
思い出に浸って夢心地が冷めあらぬまま、2時間半で実家の玄関に到着。ドアを開ける前の一瞬、笑顔で出迎えてくれる家族を想像して笑みがこぼれる。故郷への想い、家族からのエールが心の支えになっていることを、地元に帰るたびに実感するのだ。大きく深呼吸して、ドアを開けながら言う。「ただいま。」
私は現在東大の留学制度を使ってタイのチュラロンコン大学に留学しています。日本を離れてみて初めて日本の良さにいくつも気が付いたので、今回はそれをご紹介したいと思います!まず初めにトイレです。よく言われますが日本のトイレは本当に素晴らしいと思います。海外のトイレはウォシュレットがなく、トイレットペーパーを流すことができないものがほとんどです。加えて日本に比べてあまり綺麗でないトイレも多いので、日本のトイレの素晴らしさを痛感します。また、日本の交通事情も素晴らしかったと、タイに来て感じます。タイでは道路を横断するときに車が止まってくれるなんてことは絶対になく、歩行者側がタイミングを見計らわないといけません。日本は歩行者優先で大抵の車は止まってくれるので素晴らしいです笑。他にも、日本は工業製品の物価が安かったり、お店のサービスが丁寧だったりと、色々な面で良いと強く思います。日本にいるときは当たり前だと思っていたことも、海外に行くとそうでないことに気が付き、改めて地元日本を好きになりました。
私は生まれも育ちも東京です。中高の頃は別学の一貫校で過ごしたので、引っ越しの経験すらほとんどありません。地方出身の友人と話すたび、様々な違いに驚かされます。親元を離れて暮らすためか、「地元」と東京という「都会」とが異なって意識されているのです。都会が常ならぬ空間ならば、地元とは腰を下ろせるような日常なのかもしれません。
私の「地元」は「若者の街」や「変化の街」と呼ばれています。下宿の同級生いわく、昼夜で繁華街・歓楽街と装いを変え、アングラな流行が行き来する場所だ、と。けれども一人の「地元民」としての目には、変転の裏に変わらないものが映ります。どれほど眠らない盛り場も、朝は散らかったまま静かです。皆疲れて眠いのだろう。学校への通りがけに、誰とも変わらない暮らしがあることを感じます。日常がどこにでもある限り、「地元」は場所を問わないのではないでしょうか。
私の地元は目まぐるしい非日常と静かな日常との背中合わせです。百面相のこの街が、身も心も捕らえて離しません。
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