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薬学研究は病気のメカニズム解明や創薬だけでなく、基礎生物学にも大きな影響を及ぼせる―薬学部・富田泰輔教授

2019.01.31

研究室探訪

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研究室探訪・富田泰輔教授

PROFILE

富田 泰輔(とみた たいすけ)

2000年の博士論文で家族性アルツハイマー病の原因遺伝子の変異がアミロイドβ42タンパク質を増殖させる機構を解明し、その後もアルツハイマー病発症予防因子CALM、KLK7の機能を解明するなど、認知症研究のトップランナーの一人。1997年東京大学薬学系研究科(研究院)助手、2003年同講師、2006年同准教授、2014年同教授に就任し現在に至る。
主な受賞歴:2010年日本認知症学会奨励賞、2011年ベルツ賞2等賞、2013年日本認知症学会賞、2015年長瀬研究振興賞、2018年島津奨励賞

文系から法医学、そして理科二類進学へ

現在、私はアルツハイマー病など神経疾患の研究を行っていますが、高校時代まではずっと文系志望でした。小学校時代は歴史学者に憧れていて、将来はサラリーマンになって、土日に仏像巡りをすることが夢でした。中学生、高校生のときは、ひたすらバドミントンとゲームに熱中し、あまりに勉強しないので、親から「大学に行かずに働いたら」と言われたくらいでした。

高2までは法律や歴史に興味がありましたが、何となく法医学に関心を持ち始めました。そして、生物や病気、そして神経の勉強を始めたのがきっかけで、高3のときには医学や薬学に進んでもいいなと思うようになったのです。父が勉強しない私を大学巡りに連れて行ってくれて、東大本郷の雰囲気がとてもいいことに魅せられ、猛烈に勉強した結果、理科二類に進学できました。

研究室探訪・富田泰輔教授

わかっていないことを追究する面白さに触れる

学部1年のときにたまたま取ったゼミで、脳の病気の研究があることを知りました。「病気のメカニズムはまったくわかっていない、わかっていないからこそ面白い」と先生に言われ、ハッとしたことを覚えています。今から考えると当たり前ですが、それまでは教科書に書いてあることや先生が教えてくれることを正しいと思う「受け身」の姿勢だったのです。

専門に進んだ当初は、すぐにでも細胞や遺伝子を使いたいと思っていましたが、指示されたのは、電子顕微鏡を使った亡くなった患者さんの脳に溜まっている物質の観察。岩坪威先生から「自分の膝くらいの高さまで写真を取ったら本当の意味で理解したことになる」と言われたため、ただ作業を進めるだけの日々でした。ですが、世界で誰も見ていなかった構造が見えるようになると徐々に面白くなり、研究室に泊まり込んで観察するようになりました。

研究室探訪・富田泰輔教授
機能病態学教室のスタッフ・院生など、研究室メンバーとともに。
学年の垣根を超えて切磋琢磨できる環境づくりを心がけているという。

つながり、広がっていく研究

長らくアルツハイマー病の原因である脳に溜まるゴミがどうやってつくられるかを研究していましたが、数年前からはゴミを掃除するグリア細胞の研究に取り組むようになりました。脳の神経細胞がゴミをつくり、グリア細胞がそのゴミを掃除するという役割分担が明らかになったからです。

グリア細胞が弱くなれば、ゴミを掃除できずに神経細胞が死んでしまう。逆に言えば、グリア細胞を元気にすることができれば、神経細胞は死なないということです。「ゴミを出さない薬剤の研究」と「ゴミを掃除する薬剤の研究」の2つを進めていると言ったらよいでしょうか。

病気の研究は、実は基礎生物学にも大きな影響を与えています。たとえば、歳をとると、なぜ神経細胞が死ぬのかという視点から治療薬の研究を行う。その研究のなかで、歳をとっても神経細胞が元気に動いている理由がわかれば、それは神経細胞の働きの理解を深めることに結びつく。つまり、病気・治療薬の研究が基礎生物学の知見を広げることにつながるのです。

私が薬学の研究者になったのは、法律に興味を持って法医学の本を読んで面白いと思ったことがきっかけでした。いま振り返ると、ずっと文系志望だったことで学んできたことが、理系の勉強だけでは得られない広い視野での研究に大変役立っていると思います。また最初の電子顕微鏡観察の経験は、その後、ほかの研究にも活用され、大きく展開することを経験しました。目の前にある面白いことを選択して集中すれば、必ず道は開けてくるはずです。

研究室探訪・富田泰輔教授
「研究に際して、一番大事にしているのは手を動かす─仮説を立てて実験することです。
細胞の中は見えませんので、実験結果に沿って考えるのです。失敗するのは仕方ありませんが、やらないで止まってはダメです。
まずは手を動かし、生き物に結果を聞いて次のステップにいく、それをきちんと繰り返すことが大切です」

 

構成/佐原勉
撮影/今村拓馬