東大生が高校、大学で読んだ本(5)―『日本のいちばん長い日』 『餓死した英霊たち』

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東大生によるオススメ本の紹介

東大生は一体どのような本を読むのでしょうか。今回は、読書好きの東大生に高校や大学で読んだ本のなかから、オススメの2冊を紹介してもらいます。東大生の視点で選んだ本を通して、新しい知識や価値観に出会えますように。

昭和史を読む

教科書より、深く歴史を知ること

 歴史の教科書ではたった数行で説明されている出来事の裏には、たくさんの人々の思惑や情熱、そして複雑な因果関係が絡み合っている。歴史学を学ぶと、少しずつその混沌を解きほぐせるようになる。
 

高校で読んだ本
『日本のいちばん長い日』

『日本のいちばん長い日』

半藤一利著

2006年

文藝春秋

 さて、日本史を専攻する私は、二点の本をご紹介したい。一冊目は、半藤一利『日本のいちばん長い日』。

畑中、貴様の純粋な精神においてのみ俺は同意するよ。しかし行動はしない。できるものなら貴様は勝手にやってみるもよかろう。とめないよ。どうせ明日は死ぬ身だからな ―1945年8月14日午後4時頃、井田中佐の畑中少佐への発言(117ページ)

 1945年、夏。太平洋戦争は終わりを迎えようとしていた。

 昭和天皇の「御聖断」によりポツダム宣言受諾が決定されるが、本土決戦を唱える陸軍将校の畑中健二少佐らはクーデタによる終戦回避を試みた。近衛師団(皇居に駐屯していた陸軍部隊)の森師団長が殺され、森の名前を騙った偽命令により皇居がクーデタ側に占拠されてしまう。

 玉音放送が録音されたレコードさえ奪えば終戦を阻止できると考えたクーデタ側の畑中少佐たちは、皇居中を荒らして玉音放送のレコードを探すも、保管していた侍従は知らないふりをして難を逃れ、結局はクーデタも失敗する。 陸軍大臣の阿南惟幾陸軍大臣は、クーデタの顛末を聞きつつ、敗戦の責任を取って「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」と遺書を残し、15日の朝に切腹した。

 『日本のいちばん長い日』はこれまでに、岡本喜八監督(1967年)と、原田眞人監督(2015年)により二度映画化されている。2015年版の映画での、畑中少佐役を演じた松坂桃李による迫真の演技を覚えておられる方は多いかもしれない。個人的には、岡本喜八版での高橋悦史演じる井田正孝中佐の名演技に感動し、大学生になっても動画配信サービスで繰り返し見ている。

 この本をはじめて手に取ったのは高校生の時だった。ポツダム宣言受諾というひとつの事件に、日本の劣勢だけでなく、宮中勢力や鈴木内閣の終戦への同意、陸軍内の強硬派を抑える工夫などさまざまな要因があることを発見し、歴史の複雑さを思い知らされた。また、畑中らクーデタ側将校の熱い情熱にも、同意はせずとも心を動かされた。一般向けで読みやすい本なので、ぜひ手に取ってほしい。
 

戦争の忘れられかけた一面

大学で読んだ本
『餓死した英霊たち』

『餓死した英霊たち』

藤原彰著

2018年

筑摩書房 

 私は大学に入ってから、本格的に歴史学の論文や学術書を読むようになった。次は、学術書の中でも特に驚きをもって受け止めた、藤原彰『飢死した英霊たち』を紹介したい。

 藤原は『飢死した英霊たち』で、太平洋戦争の各戦線で膨大な餓死者が発生したことを指摘し、その原因を日本軍の組織としての性質に求めて分析した。著書の藤原彰は元陸軍将校という異色の経歴を持つ歴史学者。藤原は陸軍士官学校を卒業した後中国で従軍し、終戦間際には本土決戦準備に従事した。これらの原体験をもとにした鋭い分析は、言外に戦争への熱い怒りを感じさせる。

 ガダルカナルで、ニューギニアで、インパールで、メレヨン島で、フィリピンで、中国大陸で、日本軍兵士たちは栄養失調により死んでいった。日本軍の前線ではどこでも、餓死者の大量発生が起こっていた。藤原彰の推計によれば、栄養失調による死者(餓死者・栄養不足による病死者)は、合計で127万6240名に達し、戦没者212万1000名の内6割強を占める。

 本書の記述の中でも特に驚かされるのは、東部ニューギニア戦線である。地理も補給も無視した作戦計画は行き詰り、食料もないまま敵から逃げるために何百キロもの強行進軍を余儀なくされる。標高4000メートルを越えるサラワケット山を越え、ジャングルを歩き続け、そして死んでいく。東部ニューギニアに送り込まれた14万8000人のうち、戦後に生還できたのは1万3000人に過ぎなかった。

 大学受験のために暗記するのは、せいぜいミッドウェー海戦などいくつかの単語だけだ。しかし、そこにはたくさんの事実が捨象されている。この『飢死した英霊たち』では、飢え・病気・上司の無責任・非合理な精神主義・補給無視の作戦計画によって、多くの日本人が苦しんで死んでいったという、現代では忘れ去られようとしているアジア太平洋戦争の重要な面が描かれている。この本を読んで、私は頭をガラス瓶で殴られたようなショックを受けた。
 

おわりに ―昭和史を学ぶこと

 以上、2冊の本を紹介いたしましたが、受験生へのメッセージを最後に一言。昭和史を学ぶことは、現代へと人々が歩んできた道を学ぶことです。そして、歴史はただの暗記科目ではなく、現代のわれわれが考え続けなければならない、奥深い課題なのです。是非、一緒に大学で歴史学を学びましょう!
 

紹介者のPROFILE

小池晃弘 さん
文学部4年

日本史学専修課程に所属し、日本近代史を専攻。
戦前の政治・外交・軍事・社会・文化など、幅広い分野に関心を持っている。特に興味があるのは昭和初期の外交。研究者を志望している。

文/学生ライター・小池晃弘
企画・構成/「キミの東大」企画・編集チーム