河瀨直美さんが新入生に語った映画作家としての経験と思い―東京大学入学式2022 (2)

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映画作家として長年活動され、カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞した『萌の朱雀』をはじめ、様々な作品を世に送り出してこられた河瀨直美さん。映画作家としての経験をもとに、一つの物事に深く関わり、真理を見つけることの大切さについて新入生に語った祝辞をダイジェストにまとめました。

どこを変えて、どこを守るのか

「多くの困難を乗り越えて、この度の東京大学へのご入学、誠におめでとうございます」と、冒頭、コロナ禍での受験の苦労を労い、お祝いを述べます。

「さて、そうはいっても、明日からの日々は、その喜ばしさに胡座(あぐら)をかいているわけにはいきません」
1997年のカンヌ国際映画祭で、史上最年少でカメラドールを受賞したときの自身の経験を踏まえ、現在の自分に満足し、慢心してはいけないと、新入生に注意を促します。

続いて自身の「守るべきもの」について話し、今後、様々な変化を経験するであろう新入生に対して何を守るべきかを考えさせます。
「この30年の人間社会の変化は凄まじいものでした」「常識が覆されることの連続。かつてあった常識のどこを守り、どこを変えて生きてゆくのが最善であるのか、常に葛藤の中にありました」

河瀨さんは、社会の大きな変化の中で、これまでの常識のどこを変えて、どこを守るのかについて葛藤したといいます。そして、いま振り返ると、「守るべきもの」は、「謙虚であり、昇りくる太陽に感謝し、街角の石仏に手を合わせて祈りを捧げる」という市井の人々の暮らしにあったと語ります。

「実感」が得られた「映像との出会い」

そして話題は、「実感」に移ります。彼女がいう「実感」とは、なぜ自分がこの世界に誕生したのかを悟ることでもありました。

「あなた方と同じ年代の頃、私は「映像」に出逢います。そこで、8ミリフィルムカメラを手にし、街に自らを放り出すのです」
このように、新入生と同じ年頃だった自分を懐古し、河瀨さんは「映像との出会い」から得られた「実感」を次のように振り返ります。
「それは、精神の誕生日ともいうべき、肉体の誕生から18年経ってようやく辿り着いた「実感」だったのです」

続いて、河瀨さんは、次のような力強いメッセージを新入生に送ります。
「皆さんにその「実感」は宿っているでしょうか?当たり前に思っていることの奥に「ものの真理」が隠されていることを信じて、突き進んでください」

一方、このような実感に出会えるのか、不安に思う人に対しても、「まだ見えていない世界との出会いは始まったばかり」と寄り添っています。

 

一つのことに深く関わり、真理を見つけることの大切さ

次に、一つのことに集中して取り組むことの困難さについて話します。河瀨さんが新入生と同じ歳だった頃は、今ほど「情報」が溢れていたわけではありませんでした。そのことを「世界への扉はまだ少なく、開くことのできる窓も今よりは限られていました」と表現しています。

だからこそ、「映像」という一つの物事に夢中になることができたそうです。しかし、今は情報が溢れ、その更新スピードも早い。
「扉は無限に私たちの目の前に広がりました」と語っているように、今の私たちは様々な可能性に開かれています。しかし、多様な可能性があるということは、魅力的であると同時に、大きな罠ともなると述べます。

このような現代社会で、一つのことに深く関わることの大切さについて、ある映画人の言葉を借りて伝えます。
「たった一つの窓をずっと見つめてください」
「そのたった一つの窓から見える光景を深く考察してみてください。そうすればその窓の向こうにある「世界」とつながることができる」

そして、一つのことに深く関わる先には、真理があると以下のように述べます。
「自分の部屋から見える窓の向こうの景色には「真理」が隠されているのです」
「そしてその「真理」を知ることで、結果的に世界中の人との出会いを豊かにします。それは他でもない自らの言葉でその真理を伝えることのできる自分でいられるからです。」

自分の言葉で、自分が見つけた真理を伝えることが、他の人には真似のできない唯一無二のオリジナリティにつながると語りました。

支えることと、自制心を持つこと

ここで、奈良県にある金峯山寺の管長様と対話した経験を振り返ります。金峯山寺の本堂で、山から伐ってきたままの大きな樹の柱が御堂を支えている光景を見て、それぞれの柱が、他と比べられることなく、自らの役割を全うしているように感じたと言います。

そして、新入生に「大木の柱のように、しっかりと何かを支え、しっかりと何かであり続ける人であってほしい」と願いを託します。

また、管長様との対話から、ロシアのウクライナ侵攻について独自の解釈を語り、「「ロシア」という国を悪者にすることは簡単である」「誤解を恐れずに言うと「悪」を存在させることで私は安心していないだろうか?」との問いを投げかけます。

誰もが国家に属さなければ生きられない弱い生き物であり、自国が他国を侵攻する可能性があると述べたうえで、自制心を持って、それを拒否することを選択したい、との想いを語りました。

この世界を自由に生きることの苦悩と魅力を楽しんで

「あなたが今いる場所にはどんな光景が見られますか?」
「未来は明るいですか?」
と最後に問いを投げかけ、新入生に今と未来に目をむけるように促します。

「見えた景色、聞こえた音、匂い、味、肌触り、そこから生まれた感情を大切に、どれだけ小さかろうとあなた自身の想像力をもって真理を見つけるたった一つの窓の存在を確かめてください」

「どこまでも美しいこの世界を自由に生きることの苦悩と魅力を存分に楽しんでください」と、これから大学生活を送る新入生にエールを送り、祝辞を締めくくりました。

 

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文/学生ライター・ S.H.
撮影/尾関祐治