藤井輝夫・東大総長が語った、新入生に伝えたいこととは?―東京大学入学式2022 (1)

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4月12日、今年も本学の創立記念日に、令和4年度東京大学入学式が挙行されました。
大学の創設からちょうど145年となったこの日、新たに学びの扉を開こうとする新入生たちに藤井総長は何を語ったのでしょうか。
総長式辞をダイジェストでお伝えします。

キャンパスで出会い、対話することの価値

「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。本学の教職員を代表して、心よりお祝いを申し上げます」
「みなさんは、COVID-19のパンデミックをはじめ、さまざまな苦難に社会が直面する時代において本学の入試を突破し、この場に集っておられます。その努力に対し、心から敬意を表します」

冒頭、お祝いと受験を突破した新入生への労いの言葉をかけた藤井総長は、大学は「一人ひとりのさまざまな可能性が多様につながり、育っていく場」であると述べた上で、大学におけるオンラインとオフラインの併用について触れました。

「私たちは、世界中をつなぐ通信手段をもち、インターネットが「対話」の場を生みだし、自発的な学びが生まれていくという現代を生きています」「オンライン授業が充実した反面、私たちはリアルなキャンパスの価値をあらためて実感することとなりました。キャンパスは、出会いと対話、創発の場です」

そして総長は、キャンパスにおいて十分な感染対策を講じた上で、大学が学生の多様な能力と可能性が存分につながれ、伸ばされる場となるように考え、工夫していくとの決意を語りました。

東京大学の「起業家教育」 

藤井総長は、大学が学生の多様な能力と可能性を尊重し、育てていくことは、ある理念とも深くつながっていると話します。それは、東京大学が取り組んでいる「起業家教育」の理念です。

「起業への注目は、本学が社会における大学の意義を問い、課題に粘り強く取り組む力、新たな解決への可能性を発想する力、そして他者と協力してそれを実現する力を育もうとしていることと深く関係しています」

そして起業の意義やその役割を示すために、渋沢栄一の唱えた「実業」について取り上げました。渋沢は、明治維新前後の近代日本の社会や経済の礎を築いた実業家です。彼は実業を、単に会社を起こして自己利益を追求するための活動ではなく、それぞれの事業の力を集めて公共性を担うものとして捉えていました。

明治・大正期の渋沢の貢献を踏まえながら、「起業という営み自体は、20世紀以降における全く新たな潮流というよりは、むしろ日本の資本主義が形作られた原点に立ち返ることにも通じる」という視点を示します。
しかしながら、日本では起業やスタートアップ企業が少なく、その背景には「日本社会は、挫折や再起に対して冷淡である」との語りがあることを指摘した藤井総長。

その上で、起業家教育に関する東京大学の実際の取り組みを紹介し、「みなさんも、少しでも関心があればぜひ勇気を出して、本学での起業をめぐるポシティブな語りと対話の輪の中に、一歩足を踏み出してみて下さい」と起業への参加を促しました。

起業と「ケア」との重要なつながり

そして、起業と「ケア」との重要なつながりについて語りました。

「他者が何を望んでいるかを気づく、知る、それに応じて行動するという起業やビジネスの本質は、実は「ケア」という、もうひとつのことばが指し示す領域と深くつながっています」

「ケア」とは、社会に目を向け積極的に問題に関わり合おうとする姿勢のことだと考えられます。しかしながら現代社会では、パンデミック、気候変動、大量移民、紛争など、さまざまな問題において、「ケアの危機」に直面しているとも指摘されています。

「狭い意味でのケアワークの危機だけでなく、他者に関心を向け、配慮し、応答し、支えるという広い意味での「ケア」もまた、過剰な競争や排除がはびこる現代社会において危機に瀕しています」
このように他者への無関心の危険性を警告した上で、東京大学の基本方針においても重視されている「対話」は、他者への顧慮(ケア)なくしては成り立たないと訴えました。

また、2月の終わりに始まった軍事侵攻についても触れ、このような状況での対話の重要性や、大学の果たす役割について意見を述べました。
「厳しい対立状況のなかでも対話や交流の実践が果たす役割の大切さをあらためて見つめ直し、大学が学術の実践を通じて、こうした非常時が強いるさまざまな不幸からの脱却に、いかに貢献できるか、という問いに向きあうことがいま求められているのです」

その上で、この軍事侵攻の影響によって困難な状況にある学生や研究者の特別受入れプログラムや、「東京大学緊急人道支援基金」など、東京大学が学術の立場から「ケア」に取り組んでいることも紹介しました。

グローバルシチズン(地球市民)としての活躍を

さらに、他者の立場に思いを馳せ、想像力を通じて他者の思考や感情を自らに引き受けるということは、自身をより豊かにすることでもあると指摘したうえで、改めて起業によって新しいシステムを創り出す必要性を述べます。

「異なる状況にある他者をケアすることは、みなさんにとっての「新たな可能性」すなわちオルタナティブを経験するということであり、それを事業にしていくということは、この社会全体にとってのオルタナティブ、すなわち新しいシステムを創り出してゆくことにほかなりません」

起業は、単なる自己利益の追求にとどまるものではなく、経済活動を通じて他者へのケアを実践し、公共性や社会における連帯を担うものとならなければならないとの考えを改めて示した総長。

「大学で学ぶことと、社会が必要としていることとの双方向性を理解し、その重みと責任を担える学生、職業人、そしてグローバルシチズン(地球市民)としてみなさんが活躍してくれることを心より期待します」と東京大学で学び始める新入生にメッセージを贈りました。

そして、輝かしい未来に向かって

最後に、新たな大学生活を始める学生たちにこう呼びかけました。

「このような社会情勢であればこそ、みなさんの才能を社会のなかでより良く生かしていくためのさまざまな選択肢があることを、常に心に留めておいて下さい。大学の中でも外でも、多くの可能性を持つ多様な人びとが存在することを、そしてそれら一つ一つの可能性がすべて尊いものであることを、忘れないでください」
「困難な状況の先に広がる輝かしい未来に向かって、ともに歩んでいきましょう」

「ようこそ、東京大学へ」

 

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文/学生ライター・ T.I.
撮影/尾関祐治