「馬と学生がともに成長する」東京大学馬術部―東大とスポーツ
スポーツ
2025.10.15
2019.04.19
東大とスポーツ
大学でも体育の授業があることを知って、体育に苦手意識を持っていた人は驚くかもしれません。じつは、東大に限らず、多くの大学で体育は必修なのです。では、東京大学では体育の授業はどのように行われているのでしょうか?
東京大学で高校までの体育に相当する科目「身体運動・健康科学実習」を担当しているのは、スポーツ科学の研究を行う第一線の研究者たちです。それぞれの専門分野や競技経験をもとに、驚くほど多彩なプログラムが用意されています。授業を担当する先生のひとりである八田秀雄先生が、東大の体育の特徴について教えてくださいました。

サッカーやバスケットボール、ソフトボール、テニスなど高校でも馴染みのある種目に加え、冬季に集中日程で授業が行われるスキーや2年生ではゴルフ、さらに、運動に関わる科学を実習を交えて学ぶ「サイエンス」やウエイトトレーニングなど、多岐にわたる種目から選択できます。ウエイトトレーニング(東大では「フィットネス」と呼ばれています)はなんと、50年以上前から体育の種目に組み込まれているそうです。
八田先生 「1年次は必修で、曜日と時間はそれぞれあらかじめ決められていますが、どのコマになっても7~8種目から好きな種目が選べます。最近は、世の中で注目を集めているからか、卓球やバドミントンの人気が高いですね。そのほかにも、陸上競技、太極拳やヨガなどができる『東洋的フィットネス』という選択肢もあります。陸上は誰かとの競争ではなく、自分と対話するスポーツなので、チームスポーツや勝ち負けにこだわるスポーツには抵抗があるけれど、陸上は自分に合っていると思う人もいるようですね」

八田先生 「私の授業ではただ走るだけなんですが、がんばる学生は毎週の授業のたびに10キロ走っていますし、走り続けるのがつらい人は途中で歩いてもいいんだよと伝えています。体育は必修だからこそ強制の要素はできるだけ少なくして、運動へのハードルを下げたい。そして、定期的に体を動かす習慣をつける最初の一歩にしてほしいんです」」
ランニングといえば、高校までの学校行事や部活動で死ぬほど苦しい思いをして走らされて、走ることが嫌いになってしまった人も多いはず。しかし授業で、歩いてもいいと言われて自分のペースで走ってみると、数キロぐらいはあっという間。むしろ気持ちがいいことに気づいたりもします。
当初、体育の履修は2年生までに限られていましたが、法学部からの要請を受け、約30年前に3年次以降も履修できるカリキュラムに変わりました。勉強や研究、就職して仕事をするうえでも、最後まで粘り強く取り組めるかどうかは体力にかかっています。どんなに知的能力を磨いても、健康な体と十分な体力がなければ、その力を持続して発揮することはできません。とはいえ「大学で体育なんて必要なの?」と、不満を抱きながら参加する学生はいないのでしょうか?
八田先生 「いえ、出席率は総じて高いですね。2年生では必修ではなくなるのに、半分以上の学生が履修します。昔は学生でも研究者でも、社会人でも、勉学・研究・仕事だけがむしゃらにやっていれば結果がついてくる。運動なんてしている場合じゃない、という考え方の人が多かったのですが、最近は、何を乗り越えるにしても体力や健康が必要であることが認識され始めてきましたね」

研究者として世界的な成果を出し続けている人も、社会で活躍し続けている人も体力の重要性を口にしています。東大では、前期課程までは広い範囲にわたって教養を積む期間、3年生からは専門的な勉強に向けた、基礎トレーニングの期間としています。この時期に体育が必修であることには、体力の低下に気づかないまま4年間を過ごしてしまうことを防ぎ、生涯にわたって活躍し続けるため「人生の基礎」を築く意味もあるのです。
八田先生 「何もしないでいたら人間の体力は18歳をピークに落ちていくんです。つまり、大学入学以降は、放っておくと誰でも下がっていくということです。さらに、うつなどの精神面の問題を抱えたときにも、運動は治療として効果的だと言われています。メンタルの問題を抱える学生は増えてきていますから、予防のためにも定期的に体を動かすことは欠かせません。しかし、予防のために運動しようという学生はなかなかいないでしょうから、そこでも体育の授業が役立っていると考えています」
東大の体育には運動の実技だけでなく、スポーツ科学の実習があります。昔ながらの体力テストも年に2回行います。種目は垂直跳び、腕立て伏せ、反復横飛び、踏み台昇降の4種目。この体力テストは、1950年代から同じ方式、同じ種目で行われています。これほど長期にわたって一つの大学で行われてきた調査はおそらくないでしょう。
八田先生 「たとえば、実際に心拍計を自分でつけて運動の前後で数値や自分の感覚と比較してみたり、フットビューという測定器で自分の体の重心がどこにあるかを測ったりと、動作や運動のサイエンスを実習で学ぶんです。同じ方法を継続し、各種目の男女別平均値を毎年出すことで、長期にわたる体力の変化がわかるのです。その60年近くの傾向を見ると、1988年くらいで平均値がピークとなり、その後は右肩下がりで下降しているのが見てとれます。垂直跳びの高さは男女とも平均で7センチも下がっています。これはかなり大きな下降幅です」
最大回数を65回に設定して行う男子腕立て伏せは、以前は65回をクリアする人が1クラスで数人はいたのに、いまは1人いるかいないかだそう。高校生は自分自身の人生の体力のピークにあるので、体力を維持する重要性を認識しにくいかもしれません。しかし、体力とは、失いやすく、失った後にその大切さに気づくことが多いものでもあります。
八田先生 「将来、自分が職業にするわけでも研究するわけでもないのに教養課程で数学や哲学などを学ぶことと同様に、体力・健康維持の重要性を知ることも、1年生のうちに身につけておくべき『教養』の一つだと私は思うのです」
東大では体育の授業とは別に、スポーツ科学の講義も開講されています。非常に人気が高くて、1コマで数百人が履修するので教室はいつもいっぱいです。講義や部活動でスポーツ科学のおもしろさに目覚めたら、スポーツ科学の研究の道に進むことも可能です。3年次に教養学部統合自然科学科に進むと、4年次でスポーツ科学のサブコースに進めます。東大の中で唯一、スポーツ科学を真っ正面から研究するコースで、体育の授業を担当するのが、このコースの研究者たちです。大学院は総合文化研究科広域科学専攻の生命環境科学系身体運動科学グループ。運動生理学、スポーツ医学、モーション(フォーム)研究、神経コントロールなど、さまざまな分野で研究が活発に行われています。
八田先生 「僕自身は運動時に体内で作られる乳酸の代謝の研究を専門としています。この春には、箱根駅伝に出場した東大工学部の近藤秀一さんが研究室に入ってきて、実業団ランナーをしながら修士課程でランニングの研究を進めることになっています」
スポーツを対象とした研究への入り口。そしてすべての学生にとって重要な、知的な営みのベースとなる体力を養う授業。東大の体育は高校までとは違う、大きな役割を果たしているのです。
※すべての曜日・時間の授業で、本記事に登場したすべての種目から選べるわけではありません。通常、1コマあたり7~8種目が選択肢として用意されています。
※実技に際して医療的な配慮が必要な学生のために「メディカルケア」コースを選択することもできます。けがをした学生が学期の途中から参加することも可能です。