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桑田真澄さんが語る「東大とスポーツ」(3)一流とは何か?―失敗を恐れず挑戦する

2019.04.12

スポーツ

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桑田真澄さん

【東大とスポーツ】桑田真澄さんが語る「東大とスポーツ」第3回

元プロ野球選手で、現在は東京大学の特任研究員として野球の研究活動を行なっている桑田真澄さんへの特別インタビュー。最終回は「一流とは何か?」というちょっと深くて真剣なテーマでお話をうかがいました。東大の卒業生は社会に出ると、国や世界を動かす組織のリーダーや人類の幸福に関わる研究者など、要職に就く人が少なくありません。そこで全国民が注目するプロ野球という大舞台のマウンドに立ち続けた桑田さんに、重責を負った時、一流の人が大切にすべきことは何かという直球のご質問を投げかけてみました。
第1回「常識を疑えー自分らしさを大切にする生き方」
第2回「夢を叶える目標設定の方法ー結果を出すために必要な考え方とは?」

PROFILE

桑田 真澄さん

1968年、大阪府出身。名門PL学園で1年生からエースとして活躍。甲子園5大会連続出場(優勝2回、準優勝2回)。86年、ドラフト1位で読売巨人軍入団。通算173勝を挙げる。06年、米大リーグ挑戦のため21年間在籍した巨人軍を退団。07年、ピッツバーグ・パイレーツでメジャー初登板。08年3月に現役引退。その後は少年野球の指導、プロ野球解説、執筆・講演のほか、スポーツ科学の研究活動にいそしむ。2010年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。2013年から2年間、東大野球部の特別コーチを務め、14年から東京大学大学院・総合文化研究科に在籍、16年3月からは特任研究員として研究活動を続けている。『東大と野球部と私』(祥伝社)など著書多数。

――いよいよこれで最終回ということで、ちょっと深くて真剣なご質問をご用意しています。
そうですか。僕は一介の野球選手に過ぎませんから、お手柔らかにお願いします(笑)。

――桑田さんは、高校時代には甲子園大会で優勝し、巨人に入団してからはエースとして活躍され、アメリカのメジャーリーグのマウンドにも立たれました。そんな一流のアスリートとしての桑田さんにうかがいたいのが「一流とは何か」ということなんです。
まずスポーツの世界でお話ししますと、“これがないと一流とは言えない”という意味では2つのことを挙げたいですね。1つはスポーツマンシップ。そして、もう1つはフェアプレーです。1つ目のスポーツマンシップとは、合理的な準備や練習(サイエンス)、心の調和(バランス)、関係するすべての人に対する尊重(リスペクト)だと考えています。2つ目のフェアプレーとは、ルールに従い、正々堂々と戦うということです。

どんなスーパースターであっても、この2つがなかったら一流とは言えません。というのも、スポーツは同じ条件で戦うからこそ競技が成立するのです。メジャーでたくさんホームランを打っても、ノーヒット・ノーランを達成しても、たとえば禁止されているステロイドなどの筋肉増強剤を使っていたら、その実績には何の意味もないと思うんです。

――ちなみに桑田さんはアンフェアなプレーを強要されたことがありますか?
残念ながら、ありました。アマチュア時代もプロ野球でも指導者から、「1人、2人ぶつけて来い!」と言われるようなことが実際にありましたよ。死球を受けるとバッターは恐怖心を感じて踏み込めなくなるからです。「ぶつけないと勝てないぞ」とまで言われたこともあります。
 
でも、僕はすべて断っていました。そんなことをして勝っても何の意味もないからです。フェアであることは、スポーツだけでなくどの世界においても「一流」の重要な定義だと思います。だから若い学生さんにはスポーツを通じてフェアプレーを学んでほしいですし、スポーツで学んだことを社会で生かしてもらいたいと思います。

――ではスポーツに限らずどの分野の人にも共通する「一流」とは何だとお考えでしょうか?
失敗を恐れないということです。僕は失敗を奨励している人間なんですよ。人はたまには失敗した方がいいんです。

――なるべくなら失敗しない人生を歩みたいと人は願うものですが、桑田さんはそうではないと。
自分の人生を振り返っても、失敗の連続でした。でもその失敗が、自分を大きくしてくれたと本当に思うんです。もちろん失敗したら辛いし、悲しいし、苦しいです。でもその経験は後で必ず生きますし、生かさないとダメなんです。僕が、なぜそこまで失敗しろというのか。それは、失敗とは挑戦した証しだからです。挑戦しない人生に失敗はありませんよね。失敗を奨励するというのは、たくさん挑戦しなさいという意味なんです。挑戦した数だけ人は成長すると僕は思っています。

桑田真澄さん

「パワポ」の意味さえ知らないまま入学

――挑戦という意味では、桑田さんにとって引退後に研究者の道を目指したことも大きな挑戦でした。
そうですね。もし大学院の受験に失敗したら、メディアで話題になってしまいますから、「落ちたらみんなに笑われるな」「恥ずかしいな」と思いました。でも、挑戦することが大切という自分の信念を思い出して、挑戦を決意したんです。結果的に合格しましたが、失敗の可能性も多分にありましたからね。
 
プロ野球の世界しか知らない人間が大学院を受験したのも挑戦でしたが、僕が早稲田大学の門を叩くというのも、また別の意味で挑戦でした。僕が高校3年生の時に、ドラフトを巡って大きな騒動が起きてしまいましたから。正直にいうと面接では、相当に厳しい対応を受けました。面接では、高卒が大学院なんて無理だねと言わんばかりの態度で、まともに相手にしてもらえませんでした。終わった時に「落ちたな」と思ったほどです。それでも無事に合格できたのはよかったのですが、合格したその日から僕にとっては試練でしたから。

――と言いますと?
3日後にオリエンテーションがあるので、それまでに自己紹介用のパワポの資料を作ってくるよう指示されたんです。その時、僕は「パワポって何?」……と、まずそこからでしたからね。パソコンはメールを送るくらいしか使っていなかったので、パワポが「パワーポイント」の意味だということさえ知りませんでした。

僕はその時に初めて、パワポで文字を打ち込んだんですよ。そんな状態だから、自己紹介の日の資料は文字だけでした。でも大学院では、定期的にプレゼンしなければなりません。次に資料を作る時には色がつき、その次に写真が入り、その次にアニメーションを入れて……と少しずつ僕のパワポは進化していったんです。
 
課題の提出にしても、僕は高校を卒業してから40歳までレポートなど書いたことがありませんでしたから、当初は相当時間がかかりました。提出締切日の23時59分にメールで送ることもありました。クラスメートは東大、早稲田、慶應、学習院など名の通った大学を出た方ばかりでしたから、やっぱり高卒じゃダメなのかと思ったこともあったんです。ところが、その仲間たちが僕に1つずつ教えてくれたんですよね。

桑田真澄さん
ミーティングの後、研究室内のPCで気になる分析データをチェック

 
――指導教官は桑田さんに特別な配慮はしなかったのでしょうか?
厳しい先生で、特別扱いは全くしてくれませんでした(笑)。ゼミ仲間が、やっと書き上げた調査報告を「こんなんじゃ意味ないんだよ。大学院をなめてんのか!」と叱責されましたからね。厳しく指導して頂いたので相当鍛えられました。 その分、ゼミ仲間と助け合うようになり深い交流ができました。修士論文を仕上げる時には、僕の家に集まって、みんなで徹夜して書き上げたんですよ。僕は大学院を通じて、スポーツビジネスを学ぶとともに、とてもいい仲間を得ることができました。

――それも挑戦したからこその収穫だったのですね。
その通りです。やりたいと思ったら挑戦するということが大事です。もちろん失敗することもありますが、挑戦するからこそ得られるものがあるんです。

親は子どもの一番の応援者であれ

最後にもう1つだけ、大切なことを挙げておきます。それは流行を追わないことです。流行を追っている人は、文字通り何かに流されているんです。前回も言いましたが、人生で大切なのは「自分らしさ」なんです。流行に敏感なことはいいと思いますが、自分を見失って流されていくようでは、一流とは言えないんじゃないですかね。

――ここでちょっと違う角度からのご質問ですが、秀でた才能を持つお子さんを持つ親御さんや家族は、そういう子どもにどう接すればいいのか、どういう距離感がいいのか。桑田さんはどう思われますか?
親というのは子どもの一番の応援者であるべきだと思います。「親」という字は「木」の上に「立」って「見」守ると書くじゃないですか。直接何かしてあげたり、特別な言葉をかけてあげたりしなくても、見守ってあげていることが親の1番の役目だと思います。僕自身は子どもがミスしようと、失敗しようと、反抗しようと、何があっても1番の応援者でいたいなと思っています。

――先ほどのお話を振り返れば、子どもが失敗を恐れないで挑戦できるかどうかも、親が見守っているかどうかということが影響するかもしれませんね。
そういうことですよね。たとえ失敗したとしても親や家族が応援してくれていると思えば、必ず立ち直れますから。

――先日、大坂なおみさんが全米オープンを制覇した時、「あんな子どもがほしかった」とか「うちの子も、なおみさんみたいだったらよかったのに」と言っていたお母さんの姿がテレビで流れていましたが…。
どんなに成績が奮わなくても、スポーツができなくても、わが子が1番ですよ。自分の人生を精一杯頑張ればいいんだと、応援してあげるのが親の役目だと思いますよ。

桑田真澄さん

人生のリリーフは誰もいない

――現役時代はピンチを背負う場面も多々あったかと思います。何万人もの観衆の前でピンチに陥っても自分を見失わず、勝ちに行く自信はどこから来ていたのでしょうか?
実をいうと、僕はマウンド上でいつも不安や恐怖心と戦っていました。背負いきれないほどの重圧に、負けそうになることもしょっちゅうでした。でもマウンドではたった1人です。誰も僕の代わりに投げてくれる人はいないんです。そういう時に僕はどうしていたかと言うと、ボールに話しかけていたんです。僕の現役時代を見てくれていた人は知っていると思います。あの時、何を語りかけていたか。僕は「おまえならできる」「絶対やれるよ」「おまえがやらないで誰がやるんだ」と話しかけていたんです。

――僕もそのシーンをテレビ中継などで見たことがありますが、あれは自分に言い聞かせていたんですね。
はい、自分自身を応援してあげるんです。高校生のみなさんも野球にたとえるなら、自分の人生のマウンドに1人で立っているんです。ちょっと気取った言い方になりますけど、人生のリリーフは誰もいないんです。野球では投手交代がありますが、ひとの人生では誰も代わってくれないんです。
 
だから、ピンチに陥った時に大切なのは「俺なんか……」「私なんか……」と卑下するのではなく、「俺だからこそやれる」「私だからこそ頑張れる」と言いきかせることなのです。先ほどは親が子どもの1番の応援者であるべきと言いましたが、高校生や大学生のみなさんが大人になったら、自分にとって最大の応援者は自分自身であるべきなんです。どんなことがあっても自分を信じて応援してあげられる自分を作ること。それが本当の自信だと思います。

桑田真澄さん

――例えば苦境に立たされた時、プレッシャーに打ち勝つために心を鍛える方法ってありますか?
あります。それは今回のインタビューを通じて話してきたことですが、自分がこれと決めたことを毎日5分でもいいから必ずやり続けるということです。些細なことでいいんです。ちょっとした家庭の用事でもいいし、勉強でもいいし、素振りでも腹筋でもいいんです。とにかく簡単なことを毎日コツコツ続ける。その繰り返しが、いざという時に自分を信じる根拠になるんです。そうした積み重ねがあれば、みなさんがピンチを迎えた時に自分を信じる心の糧になります。

研究は野球界の発展のために

――素晴らしいアドバイスをたくさんありがとうございました。最後に桑田さんのこれからの目標を聞かせてください。
僕の目標は、日本の野球界をさらに発展させるということです。今、東大で研究をしているのもそのためです。日本の野球には挨拶や道具を大切することや、基本プレーのレベルが高いことなど、世界に誇れることがたくさんありますが、問題も山積みです。組織のあり方、大会運営のあり方、プロ野球のビジネスのあり方、そしてプロとアマチュアの関係など、課題がたくさんあるんです。

それらを解決してよりよい世界にするために早稲田で学び、東大で学んでいるところです。ここで学んだことを活かして野球界を改善していきたいし、また研究を通じて「なぜならば」をいつでもどこでも答えられる、そういう野球人になりたいと思っています。

――これからの研究活動を心から応援しています。今回は本当にありがとうございました。
どうもありがとうございました。

桑田真澄さん
桑田真澄さん
「挑戦 桑田真澄 18」(写真/企画・編集チーム)
取材・構成/大島七々三
撮影/榊智朗
取材協力/東京大学中澤研究室
撮影協力/ルヴェ ソン ヴェール駒場