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桑田真澄さんが語る「東大とスポーツ」(1)常識を疑え―自分らしさを大切にする生き方

2019.03.29

スポーツ

#スポーツ科学 #スポーツ科学 #プロ野球 #プロ野球 #東大野球部 #東大野球部

桑田真澄氏

桑田真澄さんが語る「東大とスポーツ」第1回

「東大とスポーツ」の特別企画として、元プロ野球選手で現在は東京大学大学院 総合文化研究科の特任研究員でもある桑田真澄さんにインタビュー。その内容を3回に渡って、ご紹介します。桑田さんは2013年から2年間、東京大学野球部の特別コーチを務めた後、2014年から東京大学の研究生となり、現在は特任研究員として研究活動をしています。
そこで桑田さんが所属する駒場キャンパスの東京大学大学院 総合文化研究科・広域科学専攻・生命環境科学系・中澤公孝研究室にお邪魔し、今、取り組んでいる研究活動の内容のほか、東京大学とスポーツについて、そしてスポーツから学んだ自分らしさを大切にする生き方についてお話をうかがいました。

PROFILE

桑田 真澄さん

1968年、大阪府出身。名門PL学園で1年生からエースとして活躍。甲子園5大会連続出場(優勝2回、準優勝2回)。86年、ドラフト1位で読売巨人軍入団。通算173勝を挙げる。06年、米大リーグ挑戦のため21年間在籍した巨人軍を退団。07年、ピッツバーグ・パイレーツでメジャー初登板。08年3月に現役引退。その後は少年野球の指導、プロ野球解説、執筆・講演のほか、スポーツ科学の研究活動にいそしむ。2010年、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。2013年から2年間、東大野球部の特別コーチを務め、14年から東京大学大学院・総合文化研究科に在籍、16年3月からは特任研究員として研究活動を続けている。『東大と野球部と私』(祥伝社)など著書多数。

――今日は私たち「キミの東大」のインタビューにご登場いただきまして、ありがとうございます。よろしくお願いします。
こちらこそ、よろしくお願いします。何でも聞いてください。

――まず東大で研究活動をするようになったきっかけについて教えてもらえますか。
東大との関わりは2013年から2年間、野球部の特別コーチを務めさせてもらったのがきっかけなんです。2年目の時に浜田一志監督から「桑田さん、せっかく熱心に野球の指導されているわけですから、東大の大学院で科学的に研究してみてはどうですか」と言っていただいたのがきっかけでした。その時はじめて、東大にも野球を研究しておられる研究者がいることを知りました。
 
当初は「とても無理ですよ」と笑っていたのですが、その後、野球部 OBでスポーツの研究をしている方を通じて、東京大学大学院・総合文化研究科・広域科学専攻・生命環境科学系の中澤公孝教授をご紹介いただきました。中澤教授は、脳神経科学、運動制御、運動生理学がご専門で、野球選手のほかオリンピック、パラリンピックに出場するようなトップアスリートのパフォーマンスについても研究している方です。初めてお会いした時に、野球の話題でいろいろとお話をさせていただいたのですが、その時の中澤教授のお話が非常に興味深かったんです。
 
ヒトが動くためには神経がとても大切な働きをしていて、ボールを投げるという動作の中にも複雑な筋肉の働きがあり、それを脳と神経から成る神経系が巧みに制御しているというお話をうかがい、私も非常に興味を持ったんです。それをきっかけに人間の体が持つ機能や運動のメカニズムを深く学び、その可能性を探ってみたいという気持ちになりました。

――桑田さんは、早稲田大学の大学院を修了されていますよね。その延長で東大で学ぶことにしたのでしょうか。
早稲田大学大学院では主にスポーツビジネスについて研究しました。スポーツ法律、経営学、経済学、統計学、財務、会計、組織論など、主にグラウンドの外のことについて学びました。逆に、東大ではグランドの中で活きる研究をしたいと思ったんです。
 
ただ中澤教授から、これまで外部からこの研究室を受験して受かった人はいないと聞いて、さすがに難しいかなと不安になりました(笑)。落ちたら恥ずかしいなと一瞬思ったのですが、僕は何事もやりたいことは挑戦するのが信条なので、結果のことは気にせず、やるだけやってみようと。受験には、最終学歴の成績表と面接、そして論文の提出が必要でしたので、東大で自分がしてみたい研究内容を一生懸命書きました。
 
結果の通知が届いた時は、本当に恐る恐る封を開けましたよ。幸い早稲田大学大学院での成績と研究内容を認めていただいたこともあって、合格することができました。

桑田真澄・東大中澤研究室
研究室メンバーとのミーティングの後に、しばし野球談義

だれもやっていないコントロールの研究

――そこからは2年間、研究生として学ばれたのち、現在は特任研究員として研究を続けられているそうですが、桑田さんが今取り組んでいる研究内容について教えてもらえますか?
僕が行なっているのは、野球の投球と打撃における合理的・効率的な動作の研究です。その中でも投球のコントロールの研究に力を入れています。これまで球速やボールの回転数、回転軸などの研究は行われているんですが、コントロールに関する研究は、ほとんどないんですよ。僕はピッチャーでしたから、その経験を活かして投球のコントロールのメカニズムを解明しているところです。

――プロ野球界でもコントロールの良さに定評があった桑田さんならではの研究テーマですね。具体的にはどのような研究活動をされているのでしょう。
一言でコントロールといっても、全身運動で一点をめがけてボールを投げるという動作は非常に複雑なんです。その投球動作の一つひとつを細かく分析し、コントロールにかかわる身体機能のメカニズムを分析しています。
 
たとえば投球動作を測定するために、モーションキャプチャーシステムを使用して、僕の投球や打撃フォームの動作解析なども行ってきましたし、 現役のプロ野球選手にも撮影に協力をしてもらいました。また、社会人、大学生、高校生、中学生、小学生の選手の皆さんにも協力していただき、その投球動作をデータとして蓄積してきました。
 
当然、プロ野球選手はコントロールが良くて、社会人、大学生、……という順にコントロールの精度は下がっていくわけですが、その違いがどこにあるのかということをデータとともに比較検討、検証していくというようなこともしてきました。

――それは桑田さんのコントロールのよさを探るプロセスのようにもうかがえますが、プロ野球での実績が研究にどのように活かされているのでしょうか。
まずはデータの意味を読み解く、というところだと思います。研究者の方々には野球経験者が少ないので、検出されたデータがどんな意味を持つのか、感覚としてどこが違うのかがわからないと思うのです。
 
その点、僕は自分の経験からその値の意味を理解できることが多く、その経験の部分を研究者の皆さんに伝え、共有するというところで、経験が活かせていると思います。その他では、実際に僕自身が被験者となってデータを提供することもできますし、プロ野球関係者の知人に協力を要請するといった面からも貢献できていると思います。

桑田真澄氏

「なぜならば」が言える指導者になるために

――引退後をどう生きていくかという時に、さまざまな道があったかと思いますが、研究者の道をめざしたのはどんな理由からだったのでしょう。
日本の野球の指導法に対して、ずっと疑問に思っていたということが根本にあったからです。今でもあまり変わらないと思いますが、僕の時代は野球を習い始めた小学生の時から、グランドに行けば先輩や監督が怒鳴ったり、殴ったりするわけです。それが嫌で嫌で仕方がなかったんですね。それで野球が上手くなるならいいですよ。でも僕にはとてもそんなふうには思えなかった。
 
中学や高校でも、「素振り1000本!」とか平気で言うんですよ。「何のためにそんなことするんですか?」と尋ねても「いいからやれ!」。技術指導に関しても、例えばバットはダウンスイングで振れと誰もが教わります。ダウンスイングとは、バットを上から下に振り下ろすフォームのことです。でもピッチャーが投げたボールというのは高いところから低いところに降りてくるので、それを上から叩こうとすると、バットとボールの接点は1点しかない。ボールがバットに当たる確率が限りなく低いんです。
 
反対に、ボールの軌道に合わせて、バットをわずかに下から振り上げれば、その方が確率よく当たるに決まっています。僕は小学生の頃からそう思っていたんですが、コーチはダウンスイングしか許さない。なぜですか、と尋ねても「黙ってやれ!」としか答えてくれません。そういう技術指導も疑問でした。野球界の常識が僕には理解できなかったんです。

――では、桑田さんご自身は子どもの頃からどんなトレーニングをしていたのですか?
僕は、家では(バットの)素振り30回とシャドウピッチング50回。それだけです。シャドウピッチングとはボールの代わりにタオルを使って投球動作を行うトレーニングです。たったこれだけなので15分もあれば出来ます。でも毎日欠かさず、集中して全力でやるんです。

――それだけだったんですか!プロ野球選手になる人は素振りを500回とか1000回やっている人たちだと思っていました(笑)
そういう常識が今でも野球界では存在します。しかしそれでは翌日疲れて何もできないですよ。それに、なぜ500回なのか、1000回なのか根拠がありません。野球界の常識には理由がわからないことがたくさんあります。

桑田真澄氏

その「常識」は本当に正しいのか

――桑田さんにとっては、本当に野球界の常識が不合理に感じられたのですね。
それは実体験に基づいたことでもあるんです。僕は中学3年生の時にすべての大会で優勝しました。ほとんどの試合を0点に抑えていましたし、決勝戦でさえボールは外野にほとんど飛ばなかったんです。その当時、僕は誰かに投げ方を指導されたこともなく、自分にとって投げやすいフォームで投げていました。ところがそれからPL学園の野球部に入部して、たった3ヶ月でピッチャーをクビになったんです。高校3年生相手に投げましたが、全く通用しませんでした。
 
なぜこんなことになったのか、当初は自分でもわかりませんでした。高校のレベルでは通用しないのかなと思っていたんです。それで6月には実家の母親に「学校も野球も辞めるから、連れて帰ってくれ」とお願いしたんです。スポーツの特待生として入学していたので、野球部を辞めるときは、学校を辞める時だと思っていましたから。

――そこまで追い詰められてたんですね。それにしてもお母様も心配されたでしょう。
母にはその時、「自分の夢は絶対あきらめたら駄目」と言われました。「そうか、こんな状況になってもあきらめちゃいけないのか」と思って、精神的にはきつかったのですが、思い直しました。それを機に、一度自分の現状を客観的に把握してみようと思ったんです。自分なりに投球を分析してみると、中学3年生の時のボールが投げられていないことに気づきました。高校のレベルが高いというより、自分のレベルが落ちていたんだと。

――中学時代と高校では何が違っていたのでしょうか。
高校ではそれまでとは違うフォームで投げていたんです。高校には専属コーチがいて、野球界の基本や常識を指導されました。ブルペンで投球練習をしていると、「高校ではそんなフォームじゃ通用しない」と言われたんです。そこから細かく、ピッチングフォームを指導されました。ところが、教わった基本通りに忠実にやっても結果は出なかった。そこで、僕はもとの投げ方に戻したんです。そしたら、ある日監督から「おまえ、ええボール投げるやないか」と言われて、またピッチャーに戻ったんですよ。

――ご自身も驚いたでしょうけど、チームメートはもっと驚いたでしょうね。
抜擢されて大阪府大会に初めて登板した時に上級生からは「なんであいつが投げんねん」「俺たちの夏は終わったな」と言われましたね。ところが、チームはそのまま大阪大会を勝ち進み甲子園に出場。僕はどん底からたった2ヶ月で甲子園の優勝投手にまでなったんです。この時の経験を通じて、僕は基本や常識と言われる考え方が自分に合っているのか検証する必要があることを学びました。それと同時に「自分らしさ」が大事だと気づいた瞬間でもありました。

――常識が間違っていることもあるし、人それぞれで合うことと合わないことがあるということですね。
そうなんです。気合や根性で済ませるのではなく、科学的にみて理にかなったアプローチが野球の指導にも必要だと感じました。ところが野球の指導法というのは、今も昔も大して変わっていないんですよ。そこで僕は現役の時から、引退したらもっと合理的かつ効率的な野球の指導法を研究したいと思うようになっていったんです。

――桑田さんがめざす指導法というのは、具体的にはどのようなものですか。
僕は、小学生を5年間、中学生を10年間指導してきましたが、たとえばこんなやり方です。「これからみんなで腹筋を20回2セットやります。なぜならば、ボールを投げるときに腹斜筋という筋肉がとても大切だからです。やりたい人はやってください。サボりたい人はどうぞサボってください」というんです。こういうと誰もサボりません(笑)。練習の意味と効果とメリットがわかるからです。

つまり選手に何かをさせるなら、そこに科学的根拠を添えて教えることが大切なんです。この「なぜならば」を説明できる指導者になりたい。それが野球の研究をする動機になっています。

東大には文武両道の校風がある

――通常はどれくらいの頻度で研究室に通われているのでしょうか?
駒場に来るのは週1、2回のペースです。大学院生や研究生が様々なデータをまとめて発表するので、僕も研究室の一員として議論に参加する、といった感じですね。たまたま今日は研究生との少人数のミーティングでしたが、研究室で野球の研究をしている12、3人全員でミーティングをすることも多いです。
 
そのほかに、全国の野球の研究者が集まる学会などにも出席しています。そういう場で、全国の研究者と交流して、互いに意見交換をすることもありますし、大きな研究プロジェクトを進める時は、私自身が研究内容を発表することもあります。研究室のゼミ合宿などにも参加しますよ。これまで鹿児島、青森、長野といろんな所に行きました。

――ふだん東大のキャンパスではどんなふうに過ごされているのでしょうか。
大学ではほとんどの時間を研究室で過ごしていますが、たまに時間より早く着いた時は、キャンパス内にあるこの公園のベンチに座って時間をつぶすこともありますね。

桑田真澄氏
キャンパス内にある公園のお気に入りのベンチにて

――桑田さんに気づいて驚く学生もいるんじゃないですか?
僕の前を通り過ぎてから、「えっ?」みたいな感じで、2、3回振り返る人もいますね。

――服装はいつもスーツなのですか?
いえ、今日はこの後、会食があるのでスーツですが、ジーンズやセーターで来る時もあります。その日の仕事の都合に合わせます。

――桑田さんの目には、東大生はどのように映っているでしょうか。
僕は主に研究室のある駒場キャンパスに来ていますが、キャンパス内のグランドやいろんな施設でダンスや陸上競技、準硬式野球部などの練習風景を目にします。東大生というと勉強ばかりしているようなイメージもありましたが、スポーツにも熱心に取り組んでいて、それがすごくいいなと思います。
 
勉強も大切ですけど、社会に出たら人間関係がすごく大事ですから、学力だけでは生きていけません。ですから、学生の間にスポーツ、特に団体競技を経験することで、相手を思いやったり助け合ったりするスキルを養うのは大事だと思います。またスポーツをしていたら、勝負の厳しさや努力の大切さも学ぶでしょう。その経験は必ず社会に出て役に立ちます。ですから、東大の学生さんには文武両道の精神をとことん実践してもらいたいですね。

第2回に続く

インタビュー・構成/大島七々三
撮影/榊智朗
取材協力/東京大学中澤研究室
撮影協力/ルヴェ ソン ヴェール駒場