藤井輝夫・東大総長が語った、大学での学びとは?―東京大学入学式2024 (1)

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4月12日、今年も本学の創立記念日に、令和6年度東京大学入学式が挙行されました。
高校の学びとは異なる、大学での学びの扉を開こうとする新入生たちに、藤井総長は何を語ったのでしょうか。
総長式辞をダイジェストでお伝えします。

大学の学問とは

「新入生のみなさん。ご入学おめでとうございます。みなさんの新たなスタートを、ここで共に祝えることをたいへん嬉しく思います」

冒頭、新入生へお祝いの言葉をかけた藤井総長は「大学は、確立した知識をただ学ぶところではありません。なぜなら学問は、未知なるものに挑む試みだからです」と、高校までの学びとの違いを説明しました。

この未知への探究の例として、ものごとの観察を通して知見を蓄積し共有する、学問の手法の進歩が挙げられます。ノーベル物理学賞で知られるようになった、極小の素粒子であるニュートリノや、100京分の1秒の単位であるアト秒の計測は、新たな科学の扉を開きました。さまざまな次元で精緻な測定を実現し、観察の解像度を上げることは、学問の発展に重要な貢献をもたらします。

多次元的にとらえる姿勢の重要性

物理的な尺度だけではなく、社会や文化でも解像度を上げることができます。社会や文化の解像度を上げるために使われる観点のひとつに、エスニシティ(民族性)があります。

藤井総長は「ある地域を、たとえばエスニシティの観点から分析すると、さまざまな差異や構造が見えてきます。ただ、その結果だけで、そこで暮らす人びとを理解できるでしょうか」と問いかけます。というのも、「セクシュアリティ」「世代」「教育」「ジェンダー」「社会経済状況」など、別の観点からはまた別な差異が浮かびあがるからです。

人は複数のアイデンティティを持っているため、これらの他の要素は互いに交錯しており、別々にとらえることはできません。

「人間の多次元性とそれらの関係性に着目して、その力の社会的な作用を分析する枠組みを、インターセクショナリティ(交差性)といいます。インターセクショナリティは、いくつもの要因が多次元でからみあう複雑な関係性をとらえる、重要な概念のひとつです」

この「物事を多次元的にとらえる姿勢」は、学問分野をこえて他の分野とコラボレーションする上でも重要です。マイクロ流体デバイスを研究する総長ご自身が、檀上の南學正臣医学部長と共同研究を行った経験を紹介しました。

そして、地球規模の課題解決においては、正解は必ずしもひとつではありません。解決すべき問題自体が多次元にわたり、さまざまな属性を持つ人びとが存在しているためです。正解はひとつであると押しつけることによる分断を招かないためにも、世界が多次元であると認識することが重要です。このように「物事を多次元的にとらえる姿勢」の重要性を繰り返し強調しました。

しかし、多次元的にとらえることは簡単ではありません。それは「人には、これまでの経験や固定観念に影響され、合理的でない情報の処理や判断をおこなう性質、いわゆる『認知バイアス』があるから」だといいます。多次元性に目を向けるためには、「自らが持つ認知バイアスを可能なかぎり自覚し、調整する姿勢が重要です」と説きました。

多様性を巡る東京大学の現状

東京大学で行っている多様性に向けた取り組みを紹介した上で「東京大学の入学者の性別には大きな偏りがあります。東京大学が女性のみなさんをはじめ多様な学生が魅力を感じる大学であるか、多様な学生を迎え入れる環境となっているかについても問わなければなりません」と述べました。

「特定の属性を持つ人が、等しい機会を得られずに排除され、あるいは人一倍の努力をせざるをえない状況を『構造的差別』といいます」

そして構造的差別の例として、女性の進学や理系受験をさまたげる障壁があることを取り上げました。女性の比率が30%を超える集団においては、女性という性別に関連づけられずに個人として貢献することが可能になり、組織のさまざまな変革を推進できるようになるという研究が知られています。東京大学でも、この構造的差別から脱却した公正な社会実現のために、学生における女性比率を30%まで上げることが重要だと述べました。

ただし、マイノリティにも多次元性があり、女性だけがマイノリティであるわけではありません。別の次元でマイノリティであることも、複数のマイノリティ性を持つことで一段と弱い立場になってしまうことも見過ごしてはいけないと指摘しました。

 

 

構造的差別を断ち切る必要性

「私たちには、これまで触れてきたような構造的差別の再生産と拡大とを断ち切り、あらゆる構成員が等しく権利を持つ社会を実現する責任があります」と新入生に呼びかけました。構造的差別のさらなる例として、「障害は、身心の機能不全という個人的な特性に由来するものではなく、むしろ機能不全を受け入れようとしない社会によってつくられるものであり、社会にはその障壁を取り除く責務がある」とする、「障害の社会モデル」という考え方を紹介しました。

構造的差別を解消していくためには、構造自体を知ることが最初のステップになります。「『構造的差別』のいまどこに位置しているのかを知ることは、それぞれにとって最初の宿題かもしれません」と新入生に問いかけました。

また、インターセクショナリティやジェンダーに関するさまざまな科目が駒場キャンパスでは開講されており、それらを学ぶことで「多次元性」に着目できる可能性があると紹介しました。

仲間の輪を広げる大切さ

最後に「みなさんにはこの東京大学において、多くの人と出会い、多様な知に触れることで、解決すべき問題の多次元性に思いを馳せ、よりよい社会の実現に向け、それぞれの力を発揮していただきたいと思っています」と新入生に対する期待を語り、お祝いの言葉で式辞を締めくくりました。

「のびのびと大学生活を楽しんでください。入学、おめでとうございます!」

 

藤井総長の令和6年度入学式式辞の全文を読みたい人はこちら

文/学生ライター・ R.H.
撮影/尾関祐治