令和5年度 東京大学総長賞受賞者の声(学業編)
学生表彰 2024.04.10
2022.05.31
東大総長賞とは?
「本学の学生として、学業、課外活動、社会活動等において特に顕著な業績を挙げ、他の学生の範となり、本学の名誉を高めた者」(個人又は団体)に対して、東大の総長が直々に表彰を行う賞です。賞の授与は平成14年から始まり、年に1回、受賞者の表彰と活動(研究や課外活動、社会活動など)の内容に関するプレゼンテーションが行われています。令和3年度は13の学生・学生団体に対して総長賞が授与されました。
「キミの東大」では、受賞者の方々に活動/研究内容を教えてもらうとともに、高校生のみなさんへのメッセージもいただきました!
ぜひ、東京大学の学生の活動の幅の広さと学びの深さを体感してください。今回は、学業編をお届けいたします。
TABLE OF CONTENTS
【森脇 可奈さん】 宇宙の構造を機械学習で解き明かす
【鎌田 満希さん】 南蛮漆器の聖龕(せいがん)から日本とキリスト教世界の美術の連動を読みとく
【割鞘 奏太さん】 幾何学特性を用いた構造デザインを開発
【辻村 真樹さん】 分子化学から生命活動の根源に迫る
【今野 直輝さん】 DNA配列から系統樹・細胞系譜を再構築する
【中里 一星さん】 植物の葉緑体やミトコンドリアが持つ遺伝情報を精緻に改変
【内藤 龍彦さん】 難病の発症に関わるHLA遺伝子変異を同定
【松浦 孝弥さん】 量子情報処理方法の画期的改良により長年の課題解決に貢献
【金子 直嗣さん】 歩行の運動観察と運動イメージから脳活動の解明に迫る
私たちの住む宇宙がどのように進化してきたかを探ることは物理学における重要課題の一つです。広大な宇宙空間には銀河などの天体が多数存在しており、その分布(宇宙大規模構造)を詳細に調べることがこうした課題の解決において重要となります。将来の天文観測では、「輝線マッピング」と呼ばれる手法を用いることで、かつてない広さにわたって宇宙の姿を明らかにすることが可能となります。しかし、そうした観測データにはさまざまなノイズが混在し、得られた結果を適切に解釈することが困難であるという課題がありました。私は、機械学習を用いて観測データに埋もれた銀河からのシグナルを抽出する手法を初めて提案し、「敵対的生成ネットワーク」と呼ばれる機械学習モデルに基づいた解析器の開発を行いました。これにより、これまで困難とされていた数十億光年にわたる銀河の三次元分布の構築が可能となりました。将来の観測にこの手法を適用することで、宇宙を満たす謎の暗黒エネルギーの性質や銀河進化史の解明に繋がります。最先端のデータ科学的手法を用いた分野横断的研究は高く評価していただき、国内外で講演や執筆の依頼も多数受けさせていただきました。
私が研究対象とする南蛮漆器の聖龕(せいがん)は、世界が海路で繋がった16〜17世紀という時代を象徴する工芸品です。南蛮漆器とは、当時日本を訪れていたポルトガル人やスペイン人が注文し、日本の職人が制作した、キリスト教の宗教具や西洋風家具のことで、ヨーロッパや中南米へ広く輸出されました。表面が金(蒔絵(まきえ))と貝の真珠層(螺鈿(らでん))で、びっしりと飾られているのが特徴です。そのうち聖龕は、観音開きの扉を持つ箱型の厨子で、内部にはキリスト教の宗教画が嵌め込まれ、個人的な祈りに用いられたと考えられます。私の卒業論文では、まず、聖龕の形態の由来を考察しました。聖龕と鎌倉から室町時代に制作された仏具の厨子を詳細に見比べてみたところ、蝶番金具を用いた観音扉の取り付け方など、意外にも共通点の多いことが判明しました。次に、聖龕内部の宗教画に関して、その図像と銅板に油彩で描くという技法が、同時代のキリスト教世界で流通していた宗教画や小型祭壇と共通することを指摘しました。つまり、聖龕は、日本の美術の伝統を汲みつつ、ヨーロッパを中心とするキリスト教世界の美術と連動していたのです。卒論執筆にあたっては、長崎や福岡、大分、大阪へ作品を見にいき、そこでの気付きと思索が大変役に立ちました。
私は1年次に、美術家の野老朝雄氏と舘知宏教授(本学・総合文化研究科)が開講していた授業「個と群」を受講しました。この授業をきっかけに舘教授と研究協働を開始し、東京2020エンブレムに着想を得た全体が連動する構造を発見しました。この構造は横に引っ張ると縦にも伸びる特異な性質(オーセティック)を持ち、国際学会やアート展示で発表されています。進学した建築学科では、卒業論文・卒業制作でこの構造をさらに発展させ、特に後者は研究コースの最優秀賞「中村達太郎賞」を受賞させていただきました。また学生主体のパビリオン建設プロジェクトに参加し、ボロノイ分割を活かした構造デザインを提案するなど、幾何学・芸術・建築を横断する研究・制作活動を行いました。
微生物の生体膜に発現する微生物型ロドプシンは、光を受容してイオン輸送などの機能を示すタンパク質であり、微生物が生きていく上で欠かせない分子です。また微生物型ロドプシンを神経細胞に発現させることで、その神経活動を光で制御する技術は「光遺伝学」と呼ばれ、脳機能の解明や疾病の治療などに応用されています。私はコンピュータを用いて、微生物型ロドプシンの内部で起こる量子的な現象を解析し、微生物型ロドプシンが機能を発現するきっかけとなる、タンパク質内プロトン (水素イオンH+) 移動反応のメカニズムを明らかにしました。また、そのプロトン移動反応を利用して、自身より遥かに重い塩化物イオン (Cl–) の輸送が制御される巧みな分子機構を解明しました。さらに、光に応答して塩化物イオンを輸送するこのタンパク質が光遺伝学において効率的に利用できるように、コンピュータを用いた計算に基づいて分子設計を行いました。その結果、光遺伝学において実用的な吸収波長を示す変異体タンパク質の創出に成功しました。生命活動の根源に分子化学から迫り「実験に先駆けた理論研究」という枠組みを構築した私の研究成果は、国際誌に6報の学術論文が受理され、学会賞4件を受賞するなど、国内外で高く評価していただきました。
生命という複雑なシステムの理解には、そのシステムが出来上がる過程である進化や発生の理解が不可欠です。特に近年では膨大な実験データから知識を抽出する情報解析技術の構築が重要になっています。私は学士〜修士課程の研究で、進化・発生の系譜である系統樹・細胞系譜をDNA配列から再構築する高速計算技術を発明し、従来の限界の100倍以上の規模の巨大系譜推定を可能にしました。さらに、遺伝子獲得・欠失による進化の順序のパターンを抽出する機械学習技術を開発し、未解明だった進化順序のルールや微生物進化が予測できることを発見しました。前者の成果は国際科学論文雑誌「Nature Biotechnology」に筆頭著者として掲載され、後者の成果は国内の2学会にて最優秀ポスター賞を受賞させていただきました。
植物の細胞では、生き物の設計図である遺伝情報が核だけでなく葉緑体とミトコンドリアの中(オルガネラゲノム)にも存在します。光合成やエネルギー生産の鍵遺伝子を持つオルガネラゲノムは、植物研究の魅力的な対象であるばかりでなく、作物の品種改良を行う際の重要な改変標的となりうるため、その改変手法の開発・発展には大きな意義があります。私達は1つの細胞に多数コピー存在するオルガネラゲノムの全てで、狙ったDNA塩基1文字だけが別の塩基に置換されたモデル植物シロイヌナズナの植物体を作ることに、世界で初めて成功しました。この成果は国際科学誌Nature PlantsおよびPNASに私を筆頭著者として公開された他、国内外の新聞やウェブ記事でも紹介していただき、また国内外の学会でも評価していただきました。
ヒトの免疫反応において重要な役割を果たす分子にヒト白血球抗原(HLA)があります。HLA遺伝子の個人間の違いは、様々な病気のなりやすさに関わっていますが、HLA遺伝子は複雑な構造をしているためヒトゲノムの中でも特に配列の推定が困難な領域です。私は、深層学習を用いた新たなHLA遺伝子配列推定法を開発し、推定精度を改善させることに成功しました。開発した手法を大規模な集団ヒトゲノムデータに適用して解析を行うことで、1型糖尿病やParkinson病といった難病の発症に関わるHLA遺伝子変異を新たに同定して報告することに成功しました。深層学習は多様な学術分野で応用され注目を浴びており、遺伝学分野に対する応用も重要な課題の一つでした。その中で集団ヒトゲノムデータ解析に対する応用という革新的な研究を実現し、さらに開発した解析手法を病気の仕組みの解明に役立てた点が高く評価していただきました。
量子情報処理は、ミクロな世界の物理法則である量子力学の特性を利用することで、従来の情報処理技術ではできなかったことを実現しようとするものです。近年、光の波動の制御や振幅を測る光検波技術の進展が目覚ましく、量子情報処理への広範な応用が期待されています。しかし、光の波の振幅のようなアナログな測定量はノイズに弱く、ノイズ耐性の実現にはデジタル化の仕組みが必要です。私は、量子計算と量子通信という量子情報処理の二つの分野において、アナログな測定量をデジタル化して用いる量子情報処理の考案・改良を行い、特に量子通信の分野で長らく未解決であった、光検波を用いた量子暗号方式のセキュリティの問題の解決に成功しました。
脳や脊髄といった中枢神経系の一部が損傷または疾患を受けると、身体の麻痺や歩行障害を患います。このような運動機能障害からの回復は、国内外で多くの患者が待ち望む切実な願いと言えます。私は、身体を動かすことが困難な患者でも実施可能である運動観察と運動イメージの研究を進めてきました。他者の運動を観察することや脳内で運動をイメージすることは、運動に関連した中枢神経系を賦活することで運動機能の回復に貢献します。私は、我々の生活の質に大きく影響する歩行の運動観察と運動イメージが脳や脊髄に与える影響を網羅的に解明してきました。さらに、歩行観察とイメージを組みわせることで、実歩行時と類似した神経活動が惹起されることを明らかにして、これを用いた神経介入手法を考案しました。本研究成果はリハビリテーションへの応用に必要な科学的根拠の構築に貢献する臨床的意義があるとともに、直立歩行制御メカニズムの本質的理解につながる学術的意義を有します。
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