ゼミから生まれる卒業論文。その力作の数々—東大ゼミ訪問(3)

2021.12.21

東大ゼミ訪問

#文学部 #文学部 #ゼミ #ゼミ #心理学 #心理学

「ゼミ」とは何か、東大の先生に聞いてみました!

第3回は、第1回、第2回でもお話いただいた文学部教授の村本由紀子先生(社会心理学)に、先生のゼミから生まれた卒業論文について伺います。自称「神出鬼没のライター」タカハシカズコさんが、「卒論ゼミって何?」というギモンを徹底解明します!

  • タカハシカズコ(永遠の17歳?)
    東大に興味はあっても、志望校に決めきれない高校生・受験生がたくさんいると聞いて、東大のあれこれを調査中。目標は「東大に進学するってどういうこと?」っていうギモンを解明して、それを伝えること!

● 村本先生のゼミの学生は、どんな卒業論文(卒論)を書いているの?

 

ウガンダ調査で卒論を執筆した学生のこと

カズコ  村本先生、これまで4年生が提案してきた卒論テーマに驚いたことってありますか?

村本先生 そうね、テーマに驚いたっていうわけじゃないんだけど、想像もしなかったことを提案してきた人はいました。

カズコ  どんな提案だったんですか?知りたいです!

村本先生 それがね、「ウガンダで調査したい」っていう提案だったの。その人は3年生のときに、海外協力隊のような活動でウガンダに行ってね。そこでいろいろ経験して、4年生になったら、「その気づきを研究にしたい」って相談があってね。それで、私たちのラボで取り組んでいた研究関心とうまく結びつける方向で練っていったということがありましたね。

村本由紀子先生
前回、前々回に引き続きお話を聞かせていただいた、文学部の村本由紀子教授(※感染対策のため、マスク着用)

カズコ  具体的にどのような研究だったんですか?

村本先生 私たちのラボでは「環境要因がどう個人の信念に影響するのか」という切り口で考えることが多くてね。ここまでわかる?

カズコ  なんとなくわかります。「どういうところで過ごしているかによって、考え方とか態度とかが変わる」といった感じで合っていますか?

村本先生 そうですね。心理学には、人間の道徳的特性をその人に備わった固定的なものと考えるか、変わりうると考えるかは、個人や文化によって異なるという議論があります。その学生さんは「ウガンダは、日常的に周りの人に騙されたり、危険な目に遭わせられたりするリスクが大きい(治安指数も日本とは大きな差がある)環境なので、『この人はいい人だ』、『この人は悪い人だ』という固定的な特性を見極めようとする傾向が強いんじゃないか」と考えたの。そこで、ウガンダと日本でアンケートをとって比較したんです。国際比較は、私のラボのテーマのひとつでもあるし、その点ではよかったのね。ただ、その卒業論文は、データをとって比較して「たしかにウガンダのほうがその信念が強かったです」では終わらなかったところにポイントがあります。

<村本由紀子先生

カズコ  その先があったってことですか?

村本先生 その検討から見えてきたことを実験へとつなげました。日本人の実験参加者に半数ずつ異なる情報を与え、『高リスクを認識する群』と『安全性を認識する群』に分けて、『高リスクを認識する群』にウガンダのような結果のパターンがみられるかどうかを確認する。ここまでやると、研究の確度(確かさの度合い)が上がるので「やってみたら?」と提案したら、頑張って取り組んでいましたね。それを1年間でやるんだから、4年生は大変です。ウガンダのほかにも、北欧との比較研究をした人もいました。私自身も学生たちの卒論から学ぶことがあるし、楽しいですよ。
 

興味関心から研究へ―その昇華を支える指導

カズコ  先生の話を聞くと、卒業論文って自分で進めるっていうより、自分の関心を人に聞いてもらいながら進めるというイメージなんですけど?

村本先生 カズコさん、とてもいいことを言ってくれましたね!ウガンダも北欧も掘り下げて話を聞くと、私の知らない世界が広がっていて、学生たちの知っている事例に、理論を発展させるためのすごく大事な可能性が凝縮していたりするんです。でも、学生たちはその事例を当たり前だと思っていて、どういう点が興味深いのか気づくことができないことも多いんです。だから、教員にどんどん話して、アドバイスをもらえばいいと思います。

村本由紀子先生

村本先生 あと、さっきのオーディエンスの話とも絡むんだけど、書いた卒論が自分の想像もしないオーディエンスに評価されるということもあります。学生とたくさん話すことができたら、「あなたの研究は、きっとこういう研究をやっている人たちがすごくおもしろがって読んでくれるよ」ということも伝えられるし、だからもう本当にコミュニケーションは多いほうがいいですね。

カズコ  自分の研究が、知らないところで評価される…。考えるだけで、わくわくしてきました!

村本先生 大学院生に話してもらうのもいいですね。実際に、4年生たちは大学院生にたくさんのアドバイスをもらっています。大学院生が学部生との共同研究の成果を学会で発表することもあるので、いろんな意味でのメリットはあるのかなと思います。
 

学会賞を受賞した卒業論文

カズコ  そういえば、「学会」(※)っていう言葉で思い出したんですけど、村本先生のところで書かれた卒業論文が学会賞を受賞されたんですよね!やっぱり、研究者になろうと思っている人が取り組んだ卒業論文だったんですか?

村本先生 卒業論文が学会誌に掲載される論文になって、学会賞を受賞したのは2人いるんだけど、1人は大学院に進学して、現在、この社会心理学研究室の助教になっています。もう1人は、卒論を書いた後、企業で社会人として働き始めましたね。

(※)「学会」は、同じ学問分野を研究する大学の先生や学生たちが、大学や肩書きの枠を超えて集まる組織のこと。学会が公式に発行している雑誌を「学会誌」と呼び、その分野の研究をする人の研究成果(論文)のうち、一定の基準を満たしたものを掲載している。また、学会誌に掲載された論文の中で特に優れたものに「学会賞」を授与している学会もある。

カズコ  そうなんですね!研究以外の道に進んだ学生が書いた卒業論文が学会賞をとるってこともあるんですね。その社会人の方の卒論って、やっぱり最初からテーマもピシっと決まっていて、切り口も定まっていて、作業もどんどん進んでいったんですか?

村本先生 もちろん、その学生の頑張りもすごかったんだけど、実はその卒論もカズコさんと同じで前々から持っていた部活動への違和感が出発点だったのよ。その卒業論文ではね、ほら、日本社会では「努力することにこそ意味がある」という通念が強く支持されているでしょう?この論文を執筆した今瀧さんっていう先輩は、学生時代の部活動で、チームとしての失敗を繰り返すなかでその通念に疑問を抱くようになっていったんです。

村本由紀子先生

カズコ たしか、私たちの部室にも、15年も前に書かれた「努力」って書いた紙が張ってあったような…。

村本先生 一方で私のラボでは、Dweckという研究者の「暗黙理論」(*)概念をテーマにした研究を進めていて、彼女の違和感とラボの関心を絡めることで、議論が深まっていったんです。具体的にいうと「リーダーの能力観が、そのリーダーのもとで働いている人たちのパフォーマンスにどういう影響を及ぼすのか」という「問い」をつくりあげて、実験して、分析して…。その結果が、これまでの研究者に共有されていた議論に一石を投じるようなものだったので、学術誌に論文を出すところまで進めてみたら、学会賞をいただくことになりました。

(※)「暗黙理論」とは、能力の可変性について人々がもつ素朴な信念のこと。くわしくは「カズコのワンポイントメモ」で紹介する論文参照。

カズコ  すごいですね!!

村本先生 卒論提出後、学会誌に投稿できるレベルの論文にするために、再分析して、書き直すっていう作業を卒業式後も春休みギリギリまで、ずっと頑張っていましたね。私とも、4月に社会人になる直前までしょっちゅう会って「ここはこうしたほうがいいとか、ここはこれでいこう」とか、議論していました。

カズコ  東大のゼミって、想像していたよりもずっと、奥が深くて濃いですね!考えてみれば、大学に入ってからたった4年間で、大学の先生とか、研究者の人たちに学会で評価してもらえる論文が書けるって、本当にすごいなって思います。

村本先生 学生さん自身が頑張ることが大事だけれど、東大では自分の関心を活かしながら大きく成長することができると思います。カズコさんも勉強大変だと思うけど、頑張ってね。

カズコ 村本先生、とってもいいお話が聞けたように思います。本当にありがとうございました!

村本由紀子先生
村本先生、ありがとうございました!(※最後に、マスクを外して1枚だけ撮影させていただきました)

第3回のまとめ

● 卒論は、自分の頑張り次第で、スケールの大きなものにできる。
● 自分の研究について誰かに話すと、「それ、すごいね!」と評価してくれる人が意外なところから現れる。
● 東大のゼミは、思っていたよりもずっと奥が深くて、濃い!

 

カズコのワンポイントメモ

村本先生のゼミで、学会賞にまでつながった卒業論文をご紹介します!

◆ 岩谷舟真・村本由紀子 (2015)
「多元的無知の先行因とその帰結:個人の認知・行動的側面の実験的検討」『社会心理学研究』31巻2号、 101-111頁.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssp/31/2/31_902/_article/-char/ja/
日本社会心理学会の論文概要紹介ページ
https://www.socialpsychology.jp/ronbun_news/31_02_02.html
日本社会心理学会会報(p.4-5 学会賞受賞コメント掲載)
https://www.socialpsychology.jp/pr/kaiho/kaiho212.pdf

◆ 今瀧夢・相田直樹・村本由紀子 (2018)
「リーダーの暗黙理論がチーム差配に及ぼす影響:失敗した成員に対する評価に着目して」『社会心理学研究』33巻3号、 115-1251頁.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssp/33/3/33_1708/_article/-char/ja/

日本社会心理学会の論文概要紹介ページ
https://www.socialpsychology.jp/ronbun_news/33_03_1708.html
日本社会心理学会会報(p.5-6 学会賞受賞コメント掲載)
https://www.socialpsychology.jp/pr/kaiho/kaiho217.pdf

 

インタビュー・企画/タカハシカズコ
撮影/福澤治幸(学生サポーター)
構成/タカハシカズコ、「キミの東大」編集チーム