令和5年度 東京大学総長賞受賞者の声(課外活動・社会活動編)
学生表彰 2024.04.10
2024.04.10
東京大学総長賞とは?
「本学の学生として、学業、課外活動、社会活動等において特に顕著な業績を挙げ、他の学生の範となり、本学の名誉を高めた者」(個人又は団体)に対して、東大の総長が直々に表彰を行う賞です。賞の授与は平成14年から始まり、年に1回、受賞者の表彰と活動(研究や課外活動、社会活動など)の内容に関するプレゼンテーションが行われています。令和5年度は10の学生・学生団体に対して総長賞が授与されました。
「キミの東大」では、受賞者の方々に活動/研究内容を教えてもらうとともに、高校生のみなさんへのメッセージもいただきました!
ぜひ、東京大学の学生の活動の幅の広さと学びの深さを体感してください。今回は、学業編をお届けいたします。
TABLE OF CONTENTS
【大古 一聡さん】 「生成AI」を支えるモデルを数理的に解析し理論的基盤を提供
【末神 奏宙さん】 AI時代に向けたセキュリティ技術の研究開発
【鎌倉 啓伍さん】 口伝の方言を「書き残す」ことの難しさを考察
【荒木 裕太さん】 科学史を覆す可能性を求めアラビア語写本を分析
【西村 幸浩さん】 日本で死刑制度を支持するのはどのような人たちなのか実証
【髙田(金田)真悟さん】 「スピン流」の研究でエレクトロニクスに革新
【山口 空さん】 木質バイオマスの利用を促進する、きのこの酵素のメカニズムを解明
現今の機械学習分野における種々の問題において、1次勾配情報に基づく学習という一貫した視点から理論的解析を行いました。例えば、統計的学習理論による拡散モデルの解析を行なっています。
拡散モデルは深層ニューラルネットワークを用いた「生成AI」の代表的手法で、Stable DiffusionやSoraなどのモデルが例として挙げられます。その成功を理解するために、拡散モデルが訓練データから特徴を学習する能力を定式化し、数理的に解析しました。具体的には、ある分布からn個の訓練データをランダムにサンプルし、訓練データから決まる損失を最小化する深層ニューラルネットワークを選び、得られたネットワークを用いて新たにデータを生成したときに、訓練データの分布と生成データの分布の距離を評価しました。
解析の結果、その距離が統計的にほぼ最適なレートであることを示しました。ここで言う最適性をより詳しく言うと、次のような意味になります。有限個のデータから元の分布を推定する時には、どのような推定手法を使っても完璧に推定することはできなくて、元の分布と推定された分布の距離にはデータの数nによって決まる下界が存在しますが、求めた距離がその下界とpolylog(n)倍を除いて一致するということです。つまり、拡散モデルがその裏側で極めて効率的に訓練データの分布を推定できていることを明らかにしたのです。
こうした一連の成果は、産業界主導で進む人工知能分野の技術革新にアカデミアから本質的な理論的基盤を与えたものとして高く評価されました。
今後、自動運転など、資産や生命、機密情報を扱う業務がシステム、特にAIによって自動化されていきます。私は、そのようなシステムの安全性とデータのプライバシーを確保するために、暗号技術を用いたセキュリティ技術の研究開発に取り組みました。
卒業論文では、ゼロ知識証明(ZKP)という暗号技術について研究しました。ZKPは、ある条件を満たすデータを知っていることを、データを隠したまま他者に証明することを可能にします。ただし、証明の生成には大量のメモリを消費し、さらに他人のサーバで証明生成を行うとプライバシーを保護できません。そこで、私はプライバシーを保護しながら他人のサーバに証明生成を委託する技術について研究し、自分のデバイスの最大メモリ消費量を増やさずに、1台のサーバに対しても安全性を維持できる新手法を提案しました。将来的な応用例として、ドライブレコーダの映像を秘匿したまま、その解析結果(例: 映像内の歩行者数)の証明を生成することなどが考えられます。
加えて、ZK Emailというオープンソースソフトウェアにコア開発者の一人として貢献しました。そして、その成果を国際会議などで発表しました。
私は学部1年次にロシア語やセルビア語を学び、ロシア東欧地域の魅力を知ったことをきっかけに、スラヴ学(ロシア・ポーランド・チェコなど、スラヴ語地域の言語・文化を総合的に扱う学問)を志しました。特に関心を抱いたのは、「大言語」の影響を受けながらも独自の言語文化を確立している、ルシン語やソルブ語といった東欧の少数言語です。私は、レジア渓谷(ヴェネツィアから電車で2時間半+車で30分の場所)で話されるスロヴェニア語方言を卒業論文で取り上げました。レジア方言は長らく「口伝え」のみで受け継がれてきましたが、1970年代以降、話者の減少に伴い、方言を「書き残す」ことが模索されるようになりました。そこで問題となるのが、文字表記の仕方です。レジア方言では、/ts/と/z/の音の表記に関して、スロヴェニア語式とイタリア語式という2通りの流派が存在します。言語学者が取りまとめた正書法(綴りのルール)では前者が採用されましたが、母語話者の多くは反対しました。なぜなら、彼らは自分の母語をスロヴェニア語とは違う「言語」と捉えているからです。文字表記は、話者のアイデンティティと密接に結びついた重要な問題であることを明らかにしました。
コペルニクスがいわゆる「地動説」を提示したことは、科学の歴史における大きな転換点でした。ではコペルニクスは、「地動説」の着想をどこから得たのでしょうか。意外に思われるかもしれませんが、イスラーム世界の天文学からの影響を受けているという説が、近年注目を集めています。
イスラーム世界の科学は、古代ギリシアの遺産を引き継ぎ、西洋科学の成立に大きく影響を与えながら発展したわけですが、その中でも今回扱ったのは、13-14世紀にイランの天文台で活躍したマラーガ学派の天文学でした。数学的には、マラーガ学派が提示している理論はコペルニクスの理論と同一であると、先行研究で指摘されています。もしコペルニクスが実際にマラーガ学派から影響を受けているとしたら、それは従来の科学史を大きく覆す発見となることでしょう。
とはいえ、マラーガ学派が書いた著作のほとんどが活字になっておらず、アラビア語写本(当時手書きで写された本)を読まなければ研究することができません。このような状況を鑑み、本研究ではマラーガ学派の1人ナスィールッディーン・トゥースィー(1201-74)の著作を扱い、写本からその内容を文字起こしした上で、その内容の独創性を論じました。
この研究は、多くの国が死刑制度を廃止しているなか、なぜ日本で多くの人が死刑を支持しているのかを探るものです。これまでの研究では、死刑についての知識と死刑への賛成・反対といった態度の関係に注目した研究がなされてきました。私は、死刑について詳しく知っているかどうかだけでなく、人々の生活の不満や政治に対する信頼など、他の要因が死刑支持に影響しているかもしれないと考えました。統計学・機械学習・深層学習などの最新の科学技術の手法を使って、家庭外の生活での不満や政治への不信感といった要因が、死刑や他の厳しい刑罰を支持する態度に影響をしているということが分かりました。
また、日本とアメリカの国際比較を実施し、国ごとに異なる要因が死刑への態度に影響を及ぼすことを確認しました。こうした知見は、死刑に関する研究に新しい視点をもたらし、社会や政治に関する議論についての重要な示唆を提供する意義があると考えています。
200年以上前から知られている電子の流れである「電流」に加えて、21世紀初頭に発見された電子のスピンの流れである「スピン流」を用いることで、エレクトロニクスに革新をもたらすことができます。そのためには、スピン流を制御し、電流とスピン流の相互変換を効率良く行い、そのメカニズムを明らかにすることが重要です。私は、分子線エピタキシーという原子レベルで制御された高品質の薄膜を作製する技術を駆使して、種々の高品質単結晶薄膜を実現し、高効率のスピン流-電流変換を実現しました。特に、高品質化が難しい酸化物材料の界面(異なる物質同士の境界部分)に着目して研究を取り組み、現在研究されている全ての材料で最高のスピン流-電流変換効率を達成しました。また、高効率にスピン流-電流変換を行うための材料設計指針を実験と理論から明らかにしました。以上の結果は、基礎科学面のみならず、磁気メモリをはじめとする情報処理デバイスやエネルギーハーベスティング技術などにも貢献できると考えています。
地球規模での気候変動がもたらす危機を食い止めるため、その原因の一つである化石資源の過剰な利用から、生物資源(バイオマス)の利用への急速な移行が図られています。そこで期待されているのが、地球上で最も豊富に存在するバイオマスである木材の有効利用です。大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻では、物理的・化学的・生物学的アプローチを用いて、木質バイオマスの利用を促進するための研究を行っています。木材の主成分である「セルロース」を構成しているぶどう糖は、化学反応を経てバイオ燃料やバイオ製品などの原料になります。一方、セルロースは巨大な木を支えているだけあり、構造が非常に強固なため、効率的にセルロースを分解してぶどう糖を生産する技術が求められています。私は高校の理科で生物と化学を選択し、酵素を使った生化学的なプロセスに興味があったことから、きのこが森などで木を分解するために出す酵素「セルラーゼ」の研究に取り組んできました。酵素を構成する数百アミノ酸のいくつかを置換した変異体を作り、分解活性や立体構造の変化を分析することで、セルラーゼの耐熱性メカニズムや触媒メカニズムの一端が明らかになりました。
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