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何かを求め、考え、悩むキミは、もう哲学者になっている―文学部・納富信留教授

何かを求め、考え、悩むキミは、もう哲学者になっている―文学部・納富信留教授

研究室探訪

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納富信留先生

哲学は全ての学問の基礎。授業では議論して考え続ける訓練をします

納富信留(東京大学大学院人文社会系研究科・文学部 教授) よろしくお願いします。

佐藤咲良(学生ライター/農学部) 本日はお忙しい中、ご協力いただきありがとうございます。早速ですが、文学部哲学研究室では何を学ぶのか、お聞きしたいです。哲学の授業って何だろう、とずっと考えていて。

納富 例えば、農学部の佐藤さんなら環境倫理を学びますよね。同じように、法学部なら法哲学、教育学部なら教育哲学を学びます。では、文学部哲学科というと、そういった学問全てを俯瞰するような包括的、基礎的なことを考えます。

佐藤 たしかに、古代の哲学者は数学や天文学など、すべての基礎を築きましたね。

納富 そう、哲学は全ての学問の基礎ということで、東京大学が出来た時にも、哲学専攻というのは最初からありました。

佐藤 具体的に、どのように授業は進められていくのですか?

納富 大学の授業としては、哲学史や、一つのテーマについての色々な考え方を紹介するのが多いです。もう一つは、ゼミ形式ですね。過去の哲学者のテキストを原語で読んで、意味を考えたり現代に当てはめて考えたりですね。こちらは、教えるというよりは議論ですね。

佐藤 古代ギリシアのアカデメイアみたいですね。

納富 そのころの哲学の方法も、今の哲学の方法も基本的には議論、そして考え続けることです。哲学者はある主張がどこまで正しいのか、根拠や理論を一つずつ整理して今までの議論を参照して反論して、検証していくわけです。私たちは、これを2000年以上続けています。この検証する技術、哲学とも言えますが、その訓練が先ほどのゼミです。

納富信留先生
テキストを原語で書き写し、丁寧に訳していく

「足りない」ものを求めることは全人類共通。これこそが哲学

佐藤 なるほど。哲学って一人が大きな理論を打ち立てるイメージでしたが、理系分野のように一つの学問ですね。

納富 今は、一人で体系を作るというよりは、みんなで手分けして基礎研究をするのが主流ですね。

佐藤 手分けする中で、納富先生は何を研究しているんでしょうか。

納富 私は、哲学とは何かということに非常に興味があって。

佐藤 なるほど……?

納富 変な問いですよね(笑)。この世には色々な職業や生き方、考え方をしている人がいますが、人間である以上はおおもとに共通項があるのではないか、と考えるのが哲学です。私は、共通項があるという考え自体に興味を持ちました。

佐藤 イデア論ということですか?

納富 イデア論は一つの答えです。むしろ、なぜプラトンはイデア論を考えなければならなかったのか、ですね。もしくは、なぜソクラテスは街角で対話し続けたのか。
 私は古代ギリシア哲学が専門ですが、その時代の哲学がすべての原点なんですよね。ソクラテスが「あなたは本当は何か知っているのか、いないのか」と問うたことがフッサールやハイデガーまでつながっています。

佐藤 先日、脳科学の本を読んで、「人間はメタ認知によって『知らないことがある』ことに気づいた」とあったんです。私自身も、高校時代には哲学書を読み漁った時代がありました。その動機も、「自分には全くわからないことがある」と気が付いたからでした。言葉にはしにくいですが、自分が思考している状態、正しい生き方、自分の存在に疑いを持ってしまったというか。何かが足りないと思ったんですね。そのときは、「哲学したい」ではなく「哲学しなければ」という気持ちで何かに向かっていく状態でした。先生は、その向かっていく状態自体を研究しているということでしょうか。

納富 そうですね。その、「足りない」ものを求めて、人間は考えたり悩んだりしています。その考える行為を、ギリシアの人は「知を愛し求める」という意味でフィロソフィー(哲学)と名付けました。求めるということは、私たちはそれを持っていないってことなんですよ。自分のものではないから愛して求めるわけです。
 そして、哲学するのは、人間だけです。おそらくですが(笑)。人間は有限ですから、ある意味では絶対に「足りない」、満たされることはありません。常に追い求めなければいけない。その意味で、哲学を考えることは人間を考えることなんです。哲学は何かという問いは、なぜ生きているのか、人間とは何かという問いになると思います。

哲学しない社会は、いざという時に弱い

佐藤 なんだか、根源的だからこそ壮大ですね。でも、答えが絶対にわからなさそうというか、そもそも答えって何だろうってなります。

納富 そうかもしれません。私は、答えを求めているというよりは、色々な考えについて、どうしてこの結論に至ったのか、私だったらどう考えるか、今の時代状況ではどうなるだろう、と考えています。

佐藤 確かに、一つの哲学体系はその時代背景があってこそというのもありますよね。今の私たちには理解しにくいところがあります。

納富 背景となる宗教や文化が違いますから、共感しにくい理論はあると思います。でも、私は多様な価値観や意見を保存して、社会の問題と照らし合わせたり柔軟な考え方にしたりというのは大切だとも思っています。

佐藤 問題意識自体は、今も昔も変わりませんからね。死についてとか、自由についてとか。

納富 なので、私は最近のゲノム問題や安楽死問題など、もっと哲学者が社会に意見を出しても良いと思っているのですが。

佐藤 議論する哲学と、結論を欲しがる現場では、難しそうですね。

納富 そうですね。考える時間のスケールが違う。目の前に困っている人がいて、哲学が言えることはあまりない。
 それでも、哲学の考え続ける姿勢は必要です。答えを一つと決めて、批判も反省もしなくなると、危機が訪れたときに困るんです。

佐藤 なるほど。哲学という分野、というよりも哲学すること自体にも意義があるわけですね。
 最後になりますが、こういう人に哲学をしてほしいとか、哲学に興味がある人へのメッセージがありましたら。

納富 うーん、私は哲学を誰しもが行うものと考えているから、してほしい人とか、興味がある人に対して、じゃあぜひ哲学研究室へ、といったことは無いですね(笑)。何をしていても、会社員でも主婦でも哲学はしています。ただ、哲学するときの考え方はあるので、それは若いうちにふれていてほしいと思います。批判的視点とか、理論構成ですね。本を読むとか、大学の授業をのぞいてみるとかね。その哲学する方法が身に着いた上での考え方というのはきっと自分のよりどころになります。

佐藤 長くお時間をとっていただきありがとうございました。

取材日:2018年12月20日

PROFILE

納富 信留(のうとみ のぶる)
東京大学 大学院人文社会系研究科 教授

東京都生まれ。東京大学、同大学院で哲学を学んだ後、英国ケンブリッジ大学の大学院で西洋古典学を研究し、博士号を取得。九州大学助教授、慶應義塾大学教授などを経て、現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。
西洋古代哲学を専門とし、古代ギリシアにおける「哲学(フィロソフィア)の誕生」をテーマとしている。いくつかの国際学会役員を務め、海外での研究発表・講演も多い。著書に『ソフィストとは誰か?』(2015年、ちくま学芸文庫、サントリー学芸賞受賞)、『プラトンとの哲学―対話篇をよむ』(2015年、岩波新書)など、翻訳に、プラトン『ソクラテスの弁明』(光文社古典新訳文庫)など。

2019.6.11
取材・構成/学生ライター・佐藤咲良