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東大卒業生インタビュー・フリージャーナリスト―社会のために発信を続ける。東大の教育社会学で学んだ批判的精神がその助けになっています

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卒業生 中野円佳さん

東大卒業生インタビュー

東大生の卒業後のいろいろな進路をお伝えするインタビュー。東大卒業後に様々な場所で活躍する女性たちをご紹介します。東大での学びや経験をスタート地点として、彼女たちが歩んできた道のりとは?

PROFILE

中野円佳さん

出身高校:   筑波大学附属高等学校(東京都)
学部・大学院: 教育学部(2007年卒業)、教育学研究科 比較教育社会学コース(博士課程在籍中)
卒業後の進路: 教育学部卒業後、日本経済新聞社で記者として活動。立命館大学大学院で修士号を取得後、退職し、フリージャーナリストとして東洋経済オンライン、Yahooニュース個人などで執筆活動を展開している。現在はシンガポールで暮らし、現地の日系企業での記事執筆にも取り組んでいる。

――現在お仕事の傍ら、東大の博士課程に在籍していらっしゃる中野さんですが、学部ではどのような勉強をされていたのですか。
入学当初から教育社会学を学びたいと考えており、3年時の進学振り分け(現在の進学選択)では、教育学部の比較教育社会学コースに進みました。
教育社会学に興味を持ったきっかけは、幼少期からの経験です。私は、ほぼクジ運で受かったような国立大の附属校に幼稚園から通っていたのですが、制服を着ているだけでご近所のおばさまに「よく勉強したのね」と褒められる状態に疑問を覚えていました。

また、高校時代に約1年間アメリカに留学しましたが、何かと「海外では」「欧米では」ともてはやされている他国の制度にも、プロコン(長所と短所)があることも実感して。社会において「学歴」や「学校システム」が持つ意味について考えたいと思ったんです。

――なるほど。進学先に東大を選ばれたのはどうしてでしょうか。
教育学部に教育社会学の研究室があったことは決め手の1つですね。あとは、中学生のとき、友達のお兄さんが東大に不合格となり浪人していたんです。生意気にも「東大のネームにそんなに価値があるのか」と思い、中を見てみたいと考えたこともきっかけの1つでした。

――そうして希望通り教育社会学の道に進まれたのですね。
はい。大学に入ってみると、「東大合格」がゴールで目的意識がない学生が多いことに失望し、ますます教育制度や、教育から職業への移行の枠組みが、人の価値観や言動に与える影響に関心を持つようになりました。

――卒業後のお仕事はどのような経緯で選ばれたのでしょうか。
人の価値観や言動に影響を与えるのは「教育」だけではなく、働いている人にとっては「企業」の枠組みだったり、メディアでの言説だったりします。企業の中を見て、そこにある価値観を疑い、発信することで、世の中を大きく変えることはできなくとも、少し「マシ」にするようなことがしたいと思いました。書くことが好きだったこともあり、企業の中に取材に行くことができる日本経済新聞社の記者になりました。大学院に進むことも考えていたものの、当時は「一度、自らも働いてみてから」と思いました。

実際は、そのことはしばらく忘れて記者の仕事に没頭していたのですが、結婚や妊娠・出産を経て、働く女性がおかれた環境について疑問を抱き、卒業してから5年後に、再びアカデミックな領域に戻ることになります。

――今にも続くジャーナリストのお仕事の始まりですね。その後、転職は経験されましたか?
第一子の育休中に立命館大学大学院に通い、修士論文をまとめました。その論文が育休復帰後に『「育休世代」のジレンマ』という本になり、自分の名前でもっと発信をしたいと思ったため、退職しました。その後「チェンジウェーブ」という会社に転職し、2年間、企業のダイバーシティ研修などのお手伝いをしながらジャーナリストとして発信をしました。その後、夫の転勤に伴い、完全にフリーになりました。現在、東大の博士課程にも所属しています。

――ご家族の転勤でフリーになられたということですが、働く場所についてはこだわりはなかったのでしょうか。
特になかったと思います。様々な経験をしたくて、地方や海外にも行ってみたかった一方で、東京で経済のど真ん中を取材したい気持ちもありました。結局自分の転勤はないまま日経新聞は退社し、現在は夫の転勤に帯同してシンガポールに住んでいます。高校時代は1人でホームステイをしていたのですが、家族とともに海外に住むと、子どものつながりでコミュニティに入れてもらえたりして、また違った海外を経験できると感じています。物書きの仕事はリモートで続けていますし、シンガポールでしかできない調査研究も手掛けたいと思っています。

――シンガポールでも、変わらずお仕事を続けられているのですね。今のお仕事について考えられたとき、学部での学びとはどのような関連があるとお考えですか?
学びのすべてが仕事や生き方につながっていると思います。特に、社会現象や制度を批判的にみるような教育社会学的な考え方は、発信に活きていますね。東大時代の友人とのネットワークも、仕事をしていくうえで、また様々な個人的な悩みを乗り越えて生きていくうえで、非常に大切なものになっています。一方で、一度社会に出てから大学に戻って、「大学ではこんなに面白いことをやっていたのか」と気づくことも多くあります。なので、学部生時代に東大のもつリソースを最大限活用できていたかというと、その価値に気づいていないことも多かったと感じます。

――仕事をしている今だからこそ言える、高校生・受験生へのメッセージをいただけますか。
東大で学んだことやネットワークがすべて活きているとは言いましたが、東大でなくてはそれらが得られないということはないし、逆に、東大に入りさえすれば自動的に得られるわけでもないと思います。東大に入れば、周りは全員東大生ですからネームバリューなんかないし、東大を出て「東大卒」を使うこともあまりありません。入ることを目的化せずに、その後何をやるか、夢を膨らませて大学選びや受験勉強をしてみてはいかがでしょうか。

インタビュー・構成/学生ライター・林怜実