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ヒトとしての自分の存在を見直す面白さ―理学部・石田貴文教授

2020.03.03

研究室探訪

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理学部・石田貴文教授

幅広い対象とアプローチをもつ人類学

佐藤咲良(学生ライター/農学部) 本日はよろしくお願いします。

石田貴文(東京大学大学院理学系研究科教授) よろしくお願いします。

佐藤 実は、私は前期教養課程で「人類科学」の講義を受講していて、人類学に心惹かれました。
 当時、私が面白いと思ったのは人類学の研究の対象や研究方法の多様さです。ヒトゲノム解析もあればサルの研究もあり、理系文系が混合している学問だと思いました。一番印象的だったのは、縄文時代の技術で船を作って航海が出来るのか確かめるプロジェクトです。

石田 そのプロジェクトはNHKの番組にもなっていましたね。今も講義に入っているかはわからないですが。

佐藤 そのような幅の広い人類学の研究に共通する人類学の目的を教えてください。また、大まかにどのような研究の切り口や方法が存在するのか教えてください。

石田 人類学の目的を教科書的に言えば、生物としてのヒトを知ることです。どうやって今の人類ができたのか、という問いが人類学の根元にあります。
 初期の研究ではDNA解析なんて出来なかったので、人骨を発掘して、解剖学や形態学の見地から研究が進められました。DNAを扱うことができるようになってからは、分子進化の分野へと研究が進みました。
 ゴールは今の人類が誕生するまでの進化の歴史を辿ることかもしれませんが、その結果の一部が医学の役に立つこともあります。医学分野では人類遺伝学という、遺伝病の病因や診断法を研究している学問がありますが、その基礎となるデータを僕たち人類学者は蓄積しています。

佐藤 たしかに、そういった分子系統、いわば時間軸を縦のつながりとしてとらえ、ヒトの進化に迫るアプローチもありますが、一方で横のつながり、つまりヒトと他の類人猿とを比較するアプローチもありますよね。

石田 そうですね。例えば、ヒトと近いチンパンジーとの比較を行うと、ヒト特有だと思われていた行動がチンパンジーにも見られることがあります。反対に、チンパンジーもゴリラもしているけれども、ヒトはしていない行動もあります。
 類人猿との比較だけではなく、ヒト同士の比較も行います。父系社会のヒトと母系社会のヒトを比べると、遺伝子の傾向が違っていることもあります。
 そう考えると、今の人類、そして自分は、他の人間と全く同じ存在ではないということがわかります。そうした、自分の存在を見直す機会が与えられる面白さも人類学にはあります。

理学部・石田貴文教授
実験の説明をする石田先生

なぜ人類学は動物学と区別されているのか?

佐藤 人類も動物の一部だと思うのですが、人類学において、人類が動物と分けられていることに理由はあるのですか?

石田 明治時代に入ってから、日本でも大学が作られ、整備されていきましたが、動物学と植物学は早い段階でできていました。その動物学の分野にモースって人がいて。

佐藤 大森貝塚を発見したモースですか?

石田 そうです。彼が貝塚を見つけたときに、一緒にいた学生がその遺跡に興味を持ったんです。これを調べれば、当時の人の生活や考え方がわかるのではないかと。そして、その人は学部3年生の時に東京人類学会を作ってしまったんですね。

佐藤 すごい行動力ですね。

石田 その学生は卒業して、最初は東大の動物学の系列の中で人類学の研究室を開いていたのですが、最終的に動物学と人類学は2つに分かれました。その理由というのが、彼が最初に抱いた興味にもつながりますが、人類学は当時の人間の生活や思想、つまり文化も扱うということだったのです。今の人類学も、やはり文化的観点は重要になっています。

生物としてのヒトと文化

佐藤 先生のご専門でも文化的要素はありますか?

石田 例えば、東南アジアの少数民族など、生活様式が特殊化している人の調査を行ってきましたが、同じ島に住んでいても、人によって太りやすさや病気への抵抗性が違っていることがありました。調べてみると、海を渡ってきた民族と島に元々住んでいた民族が居住していて、背負っている遺伝的背景が異なっていることがわかりました。
 他にも、乳製品を常食している文化圏では乳糖耐性にかかわる遺伝子が変異していたりします。

佐藤 なるほど。そういった特殊な生活をしている少数民族には、どうやって会いに行くんですか?

石田 行き当たりばったりなところもあります。サルを捕まえていたら、現地の人に少数民族を知っているって言われて、その人たちを集めてもらうように頼んで、後でもう一度行ったりしたんです。でも、行ってみると集合場所に少数民族の人たちがいない。雨が降ったからって。

佐藤 そうすると諦めるしかない。

石田 いいえ、探しに行きました。なんとなく、雰囲気でわかるんですよ。草を踏み潰した跡だとか。

佐藤 冒険家みたいですね。人類学者って、タフではないと出来なさそうです。

石田 タフさも重要ですが、フィールドワークで重要なのは現地の人と上手く接することができるかどうかも重要です。現地の人と同じものを同じように食べたり、言葉が通じなくてもずっとニコニコ笑ったり。
 結局、人が好きかどうかだと思います。人を面白いと思えるかどうか。

佐藤 人類学者として大事なことですね。

石田 それから、研究者としては、しつこくて疑り深いこと、そしてすごいことをしてみせるという欲望を持つことも大事ですね。きれい事だけでは続きません。

佐藤 欲望を持つということはすごく人間らしいです。

理学部・石田貴文教授
海外フィールドワークではこのような器具を使い、現地民族の血液採取を行うこともある。

人類学の道に進むには

佐藤 人類学に進む学生は、幅広い選択肢からどのように進路を決めるのでしょうか?

石田 まず、理学部の生物学科にはヒトを対象とするA(Anthropology)系と、基礎生物学を対象とするB(Basic biology)系があって、学科に進学が内定し勉強しながら、2年生の冬にその中の1つを選びます。3年生でA系に進学したら、医学部の解剖の授業や実習、その合間にヒトゲノムや人類遺伝学、行動学や生体力学などの幅広い選択講義があります。あとは野外実習ですね。解剖なども含めて実習は必修で、授業は選択が多く、実習がメインの授業計画になっています。2年生の後半から3年生の終わりまでこのようなカリキュラムで学習した後に、興味を持った研究室を選択します。

佐藤 先生は、もとから人類学に興味があったのですか?

石田 実は、理科二類で入学したのにフランス文学を研究したくなったんですよね。でも、結局そこの研究室には入れなくて。そのときに、佐藤さんと同じく前期教養課程で進化をテーマとした講義を受けました。オムニバス形式で、宇宙から始まり、生命の誕生・植物の進化、そしてヒトの進化まであり、人類学だと文系分野も複合していて自分にピッタリだと思って、理学部生物学科人類学コースを選択しました。
 それからも紆余曲折あって、長い間ウイルス性ガンの研究をしていました。それだけだと医学の範疇かもしれないけれど、それらのガンって、罹る人間側の遺伝子で症状が違ったりします。そうした遺伝子変異を調べていました。

佐藤 最近だと、ゲノム編集でエイズにかからない子どもが産まれたっていう話がありましたね。

石田 あれも、エイズウイルスが入る際の受容体に変異が起きていて、ウイルスが入りにくくなるんです。本来、ヨーロッパの一部の人だけが持っていた変異です。ではどうしてヨーロッパの一部にだけそうした変異があるかというと、昔そこで同じ感染経路を使ったウイルスが流行って、それを生き延びた人がいたのではないかと考えられています。

佐藤 面白いです。その変異の広がりで、人類の進化や移動が明らかになったりもしますよね。
 最後になりますが、人類学を学ぶ、もしくは学びたい人にアドバイスなどがあればお願いします。

石田 少しでも興味があれば、僕の研究室に遊びに来てください。興味の方向次第では、別の研究室の紹介、橋渡しもします。どんな分野でも、学びたいという学生を嫌がる人はいないと思います。忙しくて相手ができないことはあるかもしれないですが、学生の訪問を受けたり、学生から質問の手紙をもらうことは嬉しいです。

佐藤 お時間を取っていただき、ありがとうございました。

PROFILE

石田 貴文(いしだ たかふみ)
東京大学 大学院理学系研究科 教授

生まれは千葉。東大理学部生物学科卒、同大学院博士課程修了(人類学専攻・理学博士)。京都大学霊長類研究所を経て、東京大学理学部・同大学院で人類学・霊長類学の研究に従事。
ヒトの多様性・ヒトと他の霊長類の異同・人獣共通感染症について、フィールド調査と実験解析を併用し、遺伝子・細胞・社会レベルで解析を進めている。また、ライフワークとして、ヒト・サル・哺乳類の遺伝子・細胞バンクの拡充をおこなっている。

2020.03.02
取材・構成/学生ライター・佐藤咲良