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人類の営みに関する身近な疑問を掘り下げる民俗学―教養学部・岩本通弥教授

2020.02.06

研究室探訪

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教養学部・岩本通弥教授

家族に関する「当たり前の考え方」を疑ってみよう

佐藤咲良(学生ライター/農学部) 本日はよろしくお願いします。

岩本通弥(東京大学大学院総合文化研究科 超域文化科学・文化人類学コース教授) よろしくお願いします。

佐藤 私が民俗学と聞いて思い出すのは、柳田國男や宮本常一です。なので、民俗学というと「自文化の話を聞き取って記録すること」というイメージが先立って、その先の仮説や考察といったいわゆる「科学」に結びつきません。民俗学とはどのような学問なのでしょうか?

岩本 私が考えるに、現代の社会を捉えるのに、「過去の拘束性」に着目するのが民俗学の大きな特徴です。例えば、社会学だとアンケートなどの量的調査が中心です。民俗学はフィールドワークなどをして、内面から把握していきます。そうして人間の内面に注目すると、過去からの影響が大きいんですね。たとえば、過去に親から言われたことのような。

佐藤 それは現代もですか? 昔の農村と違ってネットやマスメディアの影響が大きいので、現代は、過去からの影響は少ないと思っていました。

岩本 確かに、現代では最も影響を与えている伝達手段は口伝ではなくマスメディアです。けれど、やはりマスメディアの言っていることだって日本の価値観をもとに再編成されますし、決してグローバルに画一化はされません。
例えばですが、私の研究テーマである「親子心中」とか「一家心中」って、欧米や中国ではあまり起らないんです。韓国では起こりますが、日本と比べて圧倒的に少ない。

佐藤 そうなんですか?

岩本 私も最初は意外でした。私が大学生だったとき、中国人の先生に「どうして日本人は親子心中をするのか?中国人はしない」と言われて驚いたことが、このテーマを深める1つのきっかけになりました。

佐藤 家族同士の心中って、儒教の影響だと思っていました。

岩本 親子心中という現象の根底にあるのは「家族間の問題は家族の中で解決しなくてはならない」という考え方ですが、これは中国や韓国からの影響を受けたものではないんです。さらに言えば、日本において親子心中が増えてきたのは大正時代からで、比較的新しい現象なんですよ。

佐藤 ということは、親子心中の増加は西洋の影響を受けて起こったんですか? 先ほど、欧米では親子心中はあまり起こらないとおっしゃっていましたが。

岩本 近代的な西洋の考え方に「公共(public)」があります。これを日本人は、中国や欧米とも違う少し独特な受け取り方をしたんです。たとえば公共空間では時間厳守しなくてはならないとか、そういった基準が1920年頃から日本に現れてくるんですが、日本ではこれが「人に迷惑をかけてはいけない」という規範につながっていったんです。この規範が私的空間、つまり家族にも浸透していって、「家族の問題は、家族の中で解決しなくてはならない」という考え方を生み出し、「親子心中」という現象が生じてくることになります。

佐藤 時間に厳しいという日本のお国柄も、そんなに新しい文化だったんですね。

岩本 はい。「日本人は清潔好き、几帳面、真面目」といったイメージも、ある意味では『遠野物語』の河童や座敷童子と一緒で、一種の「神話」、つまり、人々が当たり前だと信じ込んでいる文化なんですね。そして、私たち民俗学者は、このような現代の「神話」を疑ってかかり、なぜそのような「神話」が信じられているのかを調べていきます。

佐藤 人びとが当たり前に信じている「神話」に気がつくのって、非常に難しいのではないでしょうか?どうやって調べたり、検証したりできるのですか?

岩本 代表的な方法として、たとえば新聞を使った検証が考えられます。新聞に書かれてある内容はもちろんですが、それと同時に、どのような事件を大きく取り上げ、それをどのように報道するのか、といったことにも注目します。

佐藤 それが、先ほどおっしゃっていた、「マスメディアの日本的価値観による再編成」ですね。

岩本通弥教授提供資料
大正時代の人々を描いた漫画。男性の服装と椅子・テーブルは西洋風だが、家は日本風で、訪れた客も日本風のあいさつをしている。
出典:北澤楽天「日本人の二重生活」『時事漫画』20号、1921年、時事新報社(北沢楽天顕彰会編『楽天漫画大成―大正編』グラフィックス社、1973年)

学問としての民俗学を学ぶ意義

佐藤 質問は変わりますが、民俗学の社会における役割ってどんなものなんでしょうか?

岩本 民俗学は、人類の営みに関する身近な疑問を掘り下げてきた人たちによる学問です。今でも民俗学会には、郷土史を調べている人だとか、お産の歴史を調べてきた助産師の方々なども多く所属していて、学生の時から民俗学をしてきた人間は多くないです。大学の関係者は半分もいないかもしれません。

佐藤 なるほど。社会の中で不思議に思ったことを調べることが民俗学だと。

岩本 それを目標としています。

佐藤 それでは、そうした民衆の学問である民俗学を大学で学ぶ意義とは何でしょうか?

岩本 柳田國男は、民俗学を「それぞれの人間が社会的な判断力をつけるための学問」だと表現しています。アカデミズムとしての民俗学がなくなると、人類の営みに対する評価が非常に狭い視野の下で行なわれてしまい、ただのお国自慢に陥る危険性があります。民俗学を正しく機能させるには、学問的な方法や客観的な視野、批判的な姿勢がなければなりません。このような要素は大学で学ばなければ身につかないものだと思っています。

教養学部・岩本通弥教授
岩本通弥教授

人生の悩みを通して人類の営みにアプローチする

佐藤 学問としての民俗学が重要ということですね。では、東大の学生はどのように民俗学という学問を学んでいるのでしょうか?

岩本 東京大学で私たちが指導している学生のテーマは本当に多様です。私の学科である文化人類学コースは1学年に6、7人くらいしかいないんですが、教員は10人以上いるんです。

佐藤 贅沢ですね。

岩本 学部生の場合、学生が卒論(卒業論文)を指導する担当の先生について、民俗学の基礎を体系的に学びます。修士課程や博士課程になると、テーマや方法に合わせて色々な先生にアドバイスをもらいに行ったりもできます。

佐藤 私の学部(農学部)のように、がっつりと研究室に入るわけではないんですね。

岩本 学生の学び方はかなり自由です。テーマだって、「人類が行なっていること」なら何でも範疇に入ります。指導に関しても学科(コース)全体で協力して実施しています。

佐藤 最後になりますが、民俗学に向いている学生や、こうした興味があるならば民俗学に向いている、というものはありますか?

岩本 私自身、父親との関係性というような個人的な悩みがあって家族の問題を調べ始めました。家族に関連することで言えば、どうやって結婚して子どもを産むかといった生殖医療の問題も、時代や国柄で考え方は全く違います。
そういった人生の問題って、とても普遍的なテーマだと思うんです。そのようなことに悩んでいる人には来てほしい。人生の問題を先人たちはどのように解決してきたのか、先例やデータはいっぱいあります。

佐藤 本日は、お忙しい中ありがとうございました。

PROFILE

岩本 通弥(いわもと みちや)
東京大学大学院総合文化研究科 超域文化科学・文化人類学コース教授

1986年、筑波大学大学院歴史・人類学研究科博士課程満期退学。国立歴史民俗博物館民族研究部助手、東海大学文学部文明学科講師、1995年4月から東京大学大学院総合文化研究科(教養学部)助教授を経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科 超域文化科学専攻教授。
日本及び韓国の近代家族と民俗文化の変容課程を民俗学・文化人類学的に追究するとともに、日常史研究にも取り組んでいる。

2020.2.6
取材・構成/学生ライター・佐藤咲良