VRで私たちの生活は変わりますか?―情報理工学系研究科・雨宮智浩准教授(3)
研究室探訪
2021.05.07
2019.03.14
#研究
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#総合文化研究科
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#東大の先生
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ジュウシマツは求愛の時、さまざまな鳴き声を組み合わせ、それを一定の規則で並べ変えながら歌います。つまり、彼らの歌には単語だけでなく文法があるのです。しかも、生まれながらに歌が備わっているのではなく、繰り返し練習し、親の歌に影響を受けながら自分の歌を作り上げていきます。
単語だけでなく文法があり、自力で学んで身につける。これは人間の言葉とそっくりですよね? ただ、鳥の歌が伝えられるのは求愛の意志だけで、人間の言葉のように意味を自在に乗せることはできない。もしかすると鳥の歌は、人の言葉が生まれる一歩手前の状態に近いかもしれません。僕はそんな仮説のもと、ジュウシマツなどの小鳥の歌を通して生物進化の過程で人間の言葉がどう生まれてきたのかを探ろうとしています。
幼いころから動物が好きで、ヤギやらカメやらシマリスやらたくさんの動物を飼っていました。あるとき飼っていたハムスターが死んで、ふと「自分もいつかは死ぬんだ」と思い、子どもながらに死の不条理を感じました。
でも動物たちはそんな風に、いつか来る自分の死を意識することなどないように見えました。なんで僕は死についてうじうじと考えるんだろう。もしかしたら、「言葉」を使って過去や未来を考えることができるからじゃないだろうか。
こんな疑問を抱えて成長した僕は、言葉の起源がわかれば意識についてもわかるのではないか、意識がわかれば死の不条理にも自分なりに納得がいくのではないか、と思うようになりました。この思いがいまの研究につながっています。
小鳥の歌の研究に加え、最近ではより直接的に「心」や「意識」に迫る研究もしています。たとえば、ラットは自分以外のラットの「嬉しい」「悲しい」といった感情に共感できるか。あるいは、ラットは自分の記憶が確かかあやふやかを自分で認識できるか。動物にも自分の記憶や感情を俯瞰する「意識」が存在するかどうかを知りたいと考えています。
ただ、小鳥やラットはこちらの質問に言葉で答えてはくれませんから、僕たちは脳の観察や実験を通じてその手がかりを探ります。たとえばラットの記憶実験では、自分の記憶が確かだと思った時には右のレバー、あやふやだと思った時には左のレバーを押すようにラットを訓練します。つまり、動物自身に自分の内面を申告してもらうのです。
ここまで、幼い頃からの疑問を胸にまっすぐ研究の道を進んできたかのように語ってしまいましたが、大学生の時は、自分は研究者になれそうもないなと思っていました。でも実験に必要とされるプログラミングや機材作りは得意だったので、研究を支える技術職の人間として生きていこうと思っていたんです。最終的には、その技術を評価して博士課程の学生として受け入れてくれた先生がいたことで、僕は研究者の卵として足を踏み出せました。
だから高校生の時には「自分の好きなものを探してそれで生きていこう」と考えるよりは、得意なこと、やっていて苦のないことを探して、それを伸ばすほうがいいと僕は思っています。きっと、それがよりどころとなって後に自分の道を開いてくれますから。
PROFILE
岡ノ谷一夫(おかのや・かずお)
慶應義塾大学卒業後、1989年米国メリーランド大学心理学研究科博士課程修了、博士号(生物心理学)取得。千葉大学文学部助教授、理化学研究所チームリーダーなどを経て2010年より現職。人間の「意識」の起源を生物進化の面から解き明かすことを目指して研究を続けている。著書に『脳に心が読めるか?』『「つながり」の進化生物学』『ハダカデバネズミ』など多数。趣味はルネッサンス・バロック時代の楽器の演奏。